2007年 06月 13日 ( 1 )

弁証法は科学ではない

三浦つとむさんは『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)という本を書いている。僕も若いころに何度もこの本を読んだ。そのときには「科学」という言葉にさほど注意をすることはなかった。だが、板倉さんを通じて仮説実験授業を知り、板倉さんが語る仮説実験の論理による科学の成立ということに科学の本質を見るようになってからは、三浦さんが弁証法を「科学」と呼んだのは間違いではないかと思うようになった。

板倉さんの解釈では、三浦さんが弁証法を「科学」と呼んだのは、比喩的な意味で言ったのであって、それは観念的なでたらめとは違うというようなニュアンスで「科学」と言ったのだと受け取っていたようだ。弁証法的な言説はたいていの場合は詭弁となり、でたらめになってしまう。しかし、対象の弁証法性を正しく捉えているときには正しい言説になる場合もあると理解したほうがいいということを語っているものとして解釈していたようだ。弁証法においては、どのようなときに正しくなるかを判断することが大切だというわけだ。

だが、板倉さんは後に、三浦さんが本当に弁証法を「科学」と考えていたようだと語っていた。三浦さんは、板倉さんが言う意味での仮説実験の論理を基にした「科学」の概念を持っていなかったという。三浦さんの言語学は、言語に関するあらゆる知識を求めて、その知識の中での整合性を取っているが、実験によってその正しさを確認するという手続きはない。三浦さんは、あらゆる角度から対象を眺めて、よく考え抜いた末の結論は、その思考の深さによって真理を与えると思っていたようだ。これは板倉さんが語る「科学」の概念とは違う。僕は三浦さんを師と仰ぎ尊敬しているが、弁証法に関する理解では板倉さんに賛同する。

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by ksyuumei | 2007-06-13 10:12 | 科学