2007年 06月 05日 ( 1 )

科学と信仰

日曜日に、宗教的なパンフレットを持って訪問してきた人がいた。キリスト教の勧誘のための訪問だったのだが、僕は無神論者であることを理由に断った。そのとき、改めて自分の無神論というのはどういうものだったかというのに気づいた。僕の無神論は、神を必要としていないという状態から生まれたものであり、科学的認識のためには、始めに神がありきという信仰からスタートすることができないということから来ている。

三浦つとむさんは、徹底した唯物論者であり、自らが無神論者であることを公言していた。僕も、三浦さんが語る意味での唯物論者でありたかったと思っていたので、自分も無神論者だろうと漠然とは思っていたのだが、若いころは教会に通って、キリスト教の洗礼を受けようという寸前のところまでいったことがあった。信仰の中で生きることの心地よさに浸っていたいと思うときがあった。

僕は若いころにキリスト教に関心を持って聖書もよく読んでいた。きっかけは「ブラザーサン、シスタームーン」という映画を見たことで、ここに描かれていた聖フランチェスコの姿に感動し、その生き方に魅了されたからだった。すべてを捨て、自分の信じるものに従って純粋に生きることに、若かった僕は最高の幸福感を見たものだった。

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by ksyuumei | 2007-06-05 10:34 | 雑文