2007年 05月 31日 ( 1 )

萱野稔人さんの国家に関する考察を方法論として読んでみる

萱野さんの国家論というのはたいへんユニークで面白いものだと思う。国家論というのは、どちらかというとこれまではマルクス主義的な観点から論じられたりすることが多く、イデオロギー的な前提を強く持っていたように感じる。国家というものが民衆にとってどのような存在である「べき」かという「べき」論の観点から語られることが多く、対象の客観的認識よりも価値判断のほうが先行してきたように感じる。

マル激で宮台氏が語っていたが、「べき」論で考えてもいいのだが、それが現実にそうなっていなければ、いくら「べき」論を主張してもあまり意味がないということが出来る。価値判断的に、そのような方向である「べき」だと考えたとしても、現実には客観的法則性を認識して、その法則に従う方向で変革を考えなければ「べき」も実現しないと考えなければならない。

価値判断よりも客観的認識のほうを優先させて、まずは対象理解を徹底させるというのは、理科系にとってはごく当たり前の科学的な発想だ。それは、理解系の対象が自然科学的なものを基礎にしているので、価値判断をせずに考察の対象に出来るということもあるのだが、社会科学に関しても、それが「科学」と呼ばれるのなら同じような発想をするというのは、理科系にとっては極めて分かりやすい。萱野さんの論説に心惹かれるものを感じるのはそのせいだろう。

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by ksyuumei | 2007-05-31 10:07 | 方法論