2007年 03月 31日 ( 2 )

埋葬記録への疑問

『「南京事件」の探求』という本の中で著者の北村稔さんは次のように書いている。


「中国語の同時代資料も、「30万人の大虐殺」を彷彿させるものではなかった。かえって、「想像以上に落ち着いていた南京」を垣間見せるものであった。それにもかかわらず、戦後の調査で明らかにされた膨大な遺体の埋葬数が決め手となり、日本軍占領中の「南京大虐殺」が確定されたのである。」


この見解は、研究者の間の共通見解ではなかろうかと思う。虐殺の事実というのは、その質については個別のケースを発掘できるが、量については確定が難しい。だから30万人説の根拠になるのは、直接虐殺されたという数の調査ではなく、間接的に虐殺を推測できる数の調査からもたらされたであろうことは推測できる。それは上に語られているように、遺体の埋葬数がその大部分を占めるであろうと思われる。

30万人説の根拠となるものが遺体の埋葬数であるなら、それはどのくらいあったのかという総数がまず問題になり、さらにその中のどれくらいが虐殺されたと考えられるかが問題になる。これらはある程度の誤差の範囲で算出されているだろうが、その誤差が30万という数字に比べて小さいものであるなら無視してもいい数字になるだろう。しかし、無視できない数字であるときは、これが疑問として提出される。30万人説の蓋然性を疑う疑問として考えられることになる。

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by ksyuumei | 2007-03-31 13:14 | 雑文

3000人という数字の重み

「資料:「犠牲者数」をめぐる諸論」というページに、「雑誌「偕行」の「証言による南京戦史」最終回に掲載された、加登川氏の見解」というものが紹介されている。

ここでは、実際に南京の戦闘に参加した日本軍兵士の体験をもとに、南京で何があったのかを証言として記録しようとする過程で、虐殺の問題に行き当たったようだ。これはいわば加害者側の記録であって、その数字が小さく見積もられたとしても、立場上仕方がないところがある。加登川氏も次の弁明のような言葉を書いている。


「この戦史が採用してきた諸資料にはそれぞれの数字がある。だがこれらはもともとが根拠の不明確な、いわば疑わしい数で、その真否の考証も不可能である。その数字をあれこれ操作してみたところで、「ほんとうか」と問いただされても明確に返答し得ない数字になるだけである。史料の確からしさの判定は読む人にもよろう。畝本君や従軍将兵の諸氏には、あの南京戦場を走りまわった体験から、そこに起こりうる事象の大きさについての個人的感触を持っている。巷間喧伝される数字がいかに大きくとも、そんな膨大な数があの狭い場所でと、納得できないところがあるのである。ここにこの推定集計の難しさある。だがなにがしかの答えは出さざるを得まい。」

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by ksyuumei | 2007-03-31 09:32 | 雑文