2007年 03月 30日 ( 1 )

数字を語ることに意味がないと思いながらも、あえてこだわって語る

「南京大虐殺」と呼ばれる出来事について、そこで虐殺された人々の数が30万人だったという言説は、すでに完全に否定されているものだと僕は思っていた。少なくとも、この数字に蓋然性がないということは、立場を越えて明らかにされていると思っていた。だから、宮台氏が「南京大虐殺はなかった」という意味に取れるようなことを語ったときも、この30万人説がなかったという意味であればそれは了解できると思ったのだった。

妥当な数字がどこかに落ち着くということはおそらくないであろう。専門家の間でさえ、数千人から10数万人という数字の間の主張があり、それは確定されていない。これは、誤差と呼ぶにはあまりにもかけ離れた数字になっている。しかし、どの数字も、専門家が語る数字であれば、どのような前提からその数字が算出されているかが語られている。

どのような死者が「虐殺」に数えられているかが明らかにされ、その数字がどのように推定されるかが示されて、その主張の前提を認めれば結果も認めざるを得ないような論理的な流れの中で主張されている。専門家が主張する数千から10数万という数字は、それなりに論理的な妥当性を持っているので、論理的にはすべて並立しうる数字だといえる。これをどれか一つに確定することなど出来ないだろう。

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by ksyuumei | 2007-03-30 12:57 | 雑文