2007年 03月 23日 ( 2 )

「南京大虐殺」30万人説について

南京事件に関連して、虐殺された人の数が30万人だというのは、その数字の出し方も曖昧にされているし荒唐無稽な「白髪三千条」という比喩的な意味しか持たない、ということで「蓋然性」が低いという議論をしてきたのだが、どうも議論がかみ合わないのを感じている。

僕が主張しているのは、南京攻略戦で結果的に死んだ人の数が30万人いたかどうかということではないのだ。死んだ人の中に、虐殺されたと考えられる人が30万人いたかどうかという問題なのである。

「虐殺」という言葉の概念そのものが客観的に確定されないのに、30万人という数字が確定すると考えること自体に論理的な無理がある。それだけでも論理的な問題は明らかなのだが、これが論理の問題ではなくどうしてもデータの問題であると言いたい人もいるようだ。

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by ksyuumei | 2007-03-23 10:42 | 雑文

だますこと・だまされること

板倉聖宣さんが、『物の見方考え方第2集』(季節社)の中で手品とトリックの違いについて書いていた。どちらも「だますこと」に関連して結果的に人を欺くことになるのだが、手品の場合は始めからそれが嘘であることを宣言して人を欺くトリックになっている。しかし、トリック一般の中には、必ずしも嘘であることを宣言しているものばかりでなく、本当を装ってだまそうとするものもある。

トリックは手品の前提となるものであるが、トリックのほうが対象となる集合の定義域が広い概念になっている。いずれも感覚的な錯覚や認識の一面性を利用して判断の誤りを引き出してだまそうとするのだが、それが嘘であるということの確証となるタネを見破るのは容易なことではない。

タネが簡単に見破れるような手品の場合は、素人の余興としての宴会芸程度なら問題はないが、見物料を取って商売にするようなプロにとっては腕の悪い手品師として評判を落としてしまうだろう。優れた手品師が行う手品は、どんなに観察力の優れた人でもそのタネを見破ることは出来ないだろう。

手品の場合は、それにだまされたとしてもわれわれに害になることはない。むしろそのことで楽しみを提供してもらえるのでわれわれにとっては有用な娯楽でもある。それが面白く楽しませてもらえるものであるからこそ見物料を払ってでも見たいと思うのである。それに対して、嘘であることを宣言していない、本物を装うトリックの場合は、結果的には詐欺になったり重大な判断の間違いにつながることがあったりしてわれわれに甚大な被害をもたらす。

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by ksyuumei | 2007-03-23 10:15 | 雑文