2007年 01月 19日 ( 1 )

権力に対する誤解 -- 特殊性と普遍性を取り違える誤謬

宮台真司氏が『権力の予期理論』(勁草書房)の序章「社会理論が権力概念を要求する理由」の終わり近くに次のようなことを語っている。ちょっと引用しよう。


「第1に、権力と自由とは対立するどころか、権力は自由を要請している。自由を賞揚するためには権力を批判しなければならないとするリベラリストの言説には問題がある。自由こそは、権力を呼び寄せる依代である。この命題のコロラリーだが、権力=悪しきもの、という一般図式は、図式の提唱者がリベラリストであればあるほど、問題的である。「権力なき自由」を構想できるとする発想は甘い。自由は必ず権力を招き寄せる。
 第2に、複雑な社会が諸身体を拘束する高度な超越的審級(道徳など)を要請するとする把握も誤りである。権力工学に基づいて必要な選択連結を供給できれば足りる可能性があるからだ。この命題のコロラリーだが、高度な資本制による道徳的な基礎の破壊を、社会システムの自己破壊に直結させるヒューマニストの議論にも問題がある。高度な資本制は、権力を媒介とするその高度な自己準拠によって、そうした道徳的な基礎を代替し、不要にしてしまうからである。」


「「権力なき自由」を構想できるとする発想」や「複雑な社会が諸身体を拘束する高度な超越的審級(道徳など)を要請するとする把握」の誤解というものは、僕も以前そういうものを抱いていたように感じる。権力は自由にとって、それを邪魔する存在であるようなイメージを持っていた。また、社会が正しく運営され安定するには、正義の実現というような道徳的な基礎がなければならないというイメージも持っていた。

More
[PR]
by ksyuumei | 2007-01-19 09:44 | 誤謬論