2007年 01月 17日 ( 1 )

抽象的対象としての権力と現実の統治権力

学問と呼ばれる種類の理論や科学的思考において対象として設定されるものは、ほとんどが何らかの抽象過程を経て得られるものだ。現実に存在しているものがそのまま対象になることはない。現実の対象は、抽象的対象を理解する助けとはなるが、それをそのまま受け取ると抽象的な推論において間違った展開に陥る可能性がある。特に、現実を対象とした学問・科学においてその恐れが大きい。

数学などは、その対象が抽象的なものであることが明らかなので、抽象が現実に引きずられることは少ない。数学的対象は、そのままの形では現実に見つけることができないからだ。数学の場合は、むしろこの逆の現象が起きる。現実の対象に抽象性を押し付けるという、実際には成立しない性質が、そこにあるかのような錯覚を起こす。

たとえば、仕事算などという文章題では、ある人の仕事が10日で終わるなら、1日にこなす仕事は正確に1/10という抽象をする。しかしこんなことは現実にはありえない。仕事の質によって、1日にこなせる量はランダムな分布をするのが現実だ。もし正確に等分されるなら、人数さえ多ければその仕事は1時間ほどで完成するというような論理的結論さえ導かれてしまう。

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by ksyuumei | 2007-01-17 09:43 | 雑文