2007年 01月 13日 ( 1 )

近代過渡期・近代成熟期と自由の問題

宮台真司氏が「連載第7回 選択前提とは何か」の中で「自由」について記述している。この「自由」は「意志の自由」であり、いくつかの選択肢がある中で、その中のどれを選んでもいい・「自由」にどれかを選べるという意味での「自由」だ。

面白いのは、この「自由」が実現できないと言う「不自由」の問題を考えると、そこで起きてくる「不自由感」が、「近代以前」「近代過渡期」「近代成熟期」にそれぞれ対応した特徴を持っていると言うことだ。つまり、「自由」の問題を考える上で、「近代成熟期」という概念は非常に役に立つのではないかと思えるところだ。

「自由」は「放縦」につながるというイメージがあって、「自由」というものは保守勢力にはすこぶる評判が悪い。教育が乱れているのも、無制限の「自由」が許されているからだと考える人もいる。「自由」は「義務」とセットにされるべきであり、「義務」を果たした人間だけが「自由」を行使する権利を持つのだと考える人々もいる。

一方では、基本的人権として認められている「自由」は、それを行使するものが一人の人間であると言うことから認められている「自由」であり、人間ならば誰でも所有する権利であるから、ある意味での無制限の「自由」だと言ってもいいものだ。この場合の制限や義務の問題は考え始めるとけっこう難しい。

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by ksyuumei | 2007-01-13 10:30 | 雑文