2007年 01月 11日 ( 1 )

社会における「法」の本質を考える

宮台真司氏が「連載第二〇回:法システムとは何か?(上)」の中で「法」というものを語っている。この定義も、日常感覚からするイメージから言うと少しかけ離れているように見えるが、社会というシステムを理解するには有効性を感じる定義になっている。

宮台氏が語る定義をそのまま受け入れるというのは、何か定義が天下って無反省にしたがっているように見えるかも知れないが、学習というものはそのような形で始めなければ出来ないものではないかと思う。宮台氏の定義は、宮台氏の長く深い考察の結果として得られたものだとしても、それと同じだけ長く深く考えなければ見出せないとしたら、宮台氏と同じ能力を持たない人間にはその定義は見出せなくなってしまう。

実際には優れた人間から学ぶことによって、かなり難しい・自分一人では見出せないようなことも理解することが出来る。科学の歴史というのはまさにそうだっただろう。科学というのは他者が学ぶことを可能にしたので、誰かが到達した地点から次のステップへ進むという進歩の歴史をたどることが出来た。いつでも全くゼロから始めなければならないとしたら、真理の認識は特に優れた人にしかできないことになる。

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by ksyuumei | 2007-01-11 09:55 | 雑文