2006年 11月 29日 ( 1 )

理論と実践(あるいは科学と現実)の問題

現実と乖離した理論というものを考えていたら、これも弁証法的に捉えることが出来るのではないかという感じがしてきた。普通は、現実と乖離した理論は、現実への有効性を欠くことになり役に立たないとされてしまうことが多いだろう。しかし、現実と乖離しているからこそそれが正しく有効だという観点も見つけられるのではないかという気がしてきた。現実と乖離していない言説は、そもそも理論として確立しないのではないかという気がしてきたのだ。

理論というのは抽象的な対象に対して何かを語ることになる。目の前にある具体的な対象について語るときは、たいていが「事実」を語るというふうに言われ、普遍的な真理を語る「理論」だとは言われない。理論というのは、現実にベッタリと張り付いた、具体的対象に関する言明ではなく、それから抽象されたものに対して成り立つ普遍的な真理を語るものになっている。

抽象というのは、具体物からある側面だけを取り出して、その他の側面を無視するという捨象をするものになる。この捨象という無視によって、抽象は現実から乖離する。言葉を変えて言えば、抽象という現実からの乖離を経ないものは理論として成立しないと言えるだろう。つまり、全ての理論は原理的には現実から乖離するものなのだ。だから、現実から乖離しているという点だけを取り上げれば、これは全ての理論を批判することが出来る。

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by ksyuumei | 2006-11-29 10:28 | 雑文