2006年 11月 14日 ( 1 )

内田さんのフェミニズム批判の意味を考える 3

瀬戸さんが「母親と保育所とおむつ」で主張していることを出来るだけ正確に読みとるように努力してみようと思う。これは意味を読みとると言うことだ。意味というのは、同じ形式であっても内容が違うと言うことがあるので、それを正確に読みとるのは難しい。表現の持つ関係性を読みとり、表現されたものから、瀬戸さんの認識にたどり着き、その認識を生んだ客観的存在にたどり着くという読み方をしたいと思う。

そのために、瀬戸さんの表現を二つのものに分けて受け取っていきたいと思う。一つは瀬戸さんの主観に生まれた判断を語った表現で、もう一つは瀬戸さんが捉えた客観的対象を表現したものだ。判断を語った表現から、その判断をもたらした根拠である客観的対象を語った表現を見つけ出し、その論理的関係を考えることで瀬戸さんが書いた文章の意味を正確に読みとりたいと思う。

ただ、三浦つとむさんも語るように、対象の全ての面を認識出来るわけでなく、認識したことの全てを表現出来るわけではないので、そこにはいつもずれが生じる可能性がある。このずれによって誤読する可能性が常にある。瀬戸さんが思ってもいなかったことを、僕が想像で補って深読みすることもあるだろう。もしそのようなところがあったら指摘してもらえるとありがたい。出来るだけ表現された言葉からのみ意味を読みとるように努力したいと思うが、人間には自明の前提となっている先入観もあるので、それが影響して誤読することもあるだろうと思う。

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by ksyuumei | 2006-11-14 09:44 | 内田樹