2006年 11月 12日 ( 2 )

内田さんのフェミニズム批判の意味を考える 2

瀬戸さんの「母親と保育所とおむつ」で主張されている内容に立ち入る前に、もう少し長い前置きを書いておきたいと思う。これは、内田さんが直接論じていることではないのだが、僕が内田さんの言説を肯定的に受け取る素地として考えておいた方がいいと思うことだ。それは、僕が持っている「フェミニズム」というものに対するマイナスイメージというものだ。

僕は三浦つとむさんの「官許マルクス主義」批判によって「マルクス主義」に対するマイナスイメージを持っている。マルクス主義には様々のバリエーションがあるので、これを十把一絡げにするのは論理的な厳密さという点で問題だとは思うのだが、崩壊した社会主義国家のイデオロギーとして知られていたものが、一般的な意味では「マルクス主義」と考えられていると思うので、三浦さんが言う「官許マルクス主義」を「マルクス主義」と捉えて考えていこうと思う。

この「マルクス主義」の間違いはいくつかあるのだが、もっとも顕著に見えるのが「教条主義」と呼ばれる間違いだろう。マルクスの言説というのは、その意味を文脈に沿って受け取らなければ正しく受け取ることが出来ない。マルクスの言説が正しい命題となるのは、それを主張する条件とともに考えなければならない。

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by ksyuumei | 2006-11-12 12:42 | 内田樹

内田さんのフェミニズム批判の意味を考える 1

「仮言命題そのものの真理性とその前件と後件の真理性」という古いエントリーに、瀬戸智子さんから「母親と保育所とおむつ」というトラックバックをもらった。

僕はおおむね内田さんの主張を肯定的に受け取っており、瀬戸さんは否定的に受け取っているように見える。その違いがどこにあるかを考えるのも興味深いことだ。瀬戸さんの言説には僕は信頼を置いているので、僕と全く正反対の主張であっても、その根拠を理解することは論理的に興味深いものだと思う。論理的な根拠なしに瀬戸さんがこのような主張をするとは思えないからだ。

ただ、この問題を論理として客観的に設定するには整理しなければならないことも多いように感じる。内田さんが主張している対象がどこにあるのか、その本質がどこにあるのか。そして僕がそれをどう受け取っているのか。また瀬戸さんが、僕の言説と内田さんの言説の意味をどこに本質があると見ているのか。瀬戸さんが主張していることが、僕や内田さんが語ることとどのように接点を持つのか。このような前提の問題を良く吟味しないと、この主張の違いは、単なる「見解の相違」ということになってしまうだろう。

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by ksyuumei | 2006-11-12 08:46 | 内田樹