2006年 11月 01日 ( 1 )

疑問を感じる教育界の二つの事件

いじめによる自殺ではないかと思われている事件において、学校側が「いじめの事実が確認出来ない」と主張することが続いているようだ。これは学校側の認識の甘さや責任逃れという面が感じられて、外から見ている人間にはケシカランことのように映るのではないかと思う。

しかし「確認出来ない」と言うことはある意味では本音を語っているようにも僕には見える。むしろ、「確認出来ない」という状況を生み出す社会の側の問題が本質的に重要なのではないかとも思える。これが確認出来るようになったとしても、社会の状況が変わらなかったら、学校がこのことの解決に出来ることは乏しいのではないかとも感じる。

もう一つ変な感じを受けるのは高校における必修科目の世界史の履修漏れの問題だ。この問題は、その解決において、全く責任がない生徒の側に一番大きな負担を強いると言うところに変な感じを受ける。履修漏れがあったから、その漏れた世界史の科目を履修して問題を解決するというのは、理屈としてはつじつまが合うかも知れないが、どこに一番責任があるかという問題は棚上げになってしまう。それがはっきりしないと、何か変な感じが残るのではないだろうか。

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by ksyuumei | 2006-11-01 10:35 | 教育