2006年 10月 21日 ( 1 )

神の概念の存在と神の実在

沈思黙考さんから、「ウィトゲンシュタインの「世界」」へのコメントで、大変興味深いものをいただいた。とても短い文章のコメント欄では答えられないくらい多くの内容を含んでいるものなので、新たなエントリーで自分の考えをまとめておきたいと思った。沈思黙考さんが自分のブログを持っていたら、そこで是非まとまった主張を論じてもらいたいものだと思う。彼の主張の内容も、正確に伝えるには、コメント欄では難しいだろうと思う。

このコメントが興味深いと思ったのは、「超越」というものをどう受け止めるかで世界の枠組みが違ってくると僕が感じているからだ。そのようなことを強く意識させられるものとして上祐氏の宗教的な人格陶冶というものを知ったこともある。様々な出来事や抽象的理論が「超越」というキーワードでつながってくる不思議な一致を見たことが、このコメントに関心を引かれた原因ではないかと感じる。

コメントで触れている事柄は多岐に渡っているので、まずは「超越」ということに絡んで、それを象徴する「神」という考え方と、論理の関係について考察してみようと思う。上祐氏の宗教観というものを知って、僕は論理的に信仰を築きうるのではないかということも感じ始めている。信仰というのは、非論理的に、まず信じることから始めるというイメージを今までは持っていたが、論理的な帰結として信じることが最後に確認出来るという形の信仰もあり得るのではないかと今はぼんやりと感じている。

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by ksyuumei | 2006-10-21 10:04 | 論理