2006年 10月 19日 ( 1 )

上祐史浩氏の人間的成長

上祐氏がマスコミに華々しく登場していた頃は、「ああ言えば上祐」と揶揄されたように、屁理屈をまくし立てる詭弁家としてのイメージが強かった。上祐氏はディベートの専門家で、相手を言い負かす理屈の立て方には長けている人間だった。しかし「ああ言えば上祐」といわれていたと言うことは、その理屈をきっぱりと否定は出来ないものの、正しいと受け止めがたいといううさんくささを多くの人々が感じていたと言うことを意味していた。

その上祐氏が、神保哲生・宮台真司両氏が司会するマル激トーク・オン・デマンドの「マル激トーク・オン・ディマンド 第289回(2006年10月13日) 麻原の神格化は大きな過ちだった ゲスト:上祐史浩氏(アーレフ代表)」でゲストとして招かれていた。そこで聞いた上祐氏の話は、穏やかな語り口とともに、屁理屈に流れない真っ当な論理としての明快さを感じた。その語る内容からは、上祐氏の誠実さも感じられ、10年あまりの時を経て大きな成長を遂げたのだなという印象を受けた。

かつて無理な屁理屈でディベート的に教団の正しさを主張していた頃についても、なぜそのような状態だったのかを冷静に分析しており、その結論にも納得出来る論理があった。特に印象に残ったのは、人間の心の弱さと関連して、絶対的な神を求めそれにすがろうとすることと、そのことによって自らを神にしてしまうことの間違いを語っていたことだ。この宗教的な理解の境地は、宗教性と無関係に考察する僕にもよく分かるものだった。つまり論理的な説明になっていた。

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by ksyuumei | 2006-10-19 10:05 | 雑文