2006年 10月 12日 ( 1 )

新聞社説に見る「日の丸・君が代強制」に関する考え方

山陰中央新報の「国旗掲揚・国歌斉唱/自然体で定着させよう」という社説には共感出来る事柄が多い。ここでは、東京地裁が示した判断で、「国旗に向かって起立したくない教職員や国歌を斉唱したくない教職員に懲戒処分をしてまで起立させ、斉唱させることは思想良心の自由を侵害する」というものを妥当なものと受け止めている。

ここで重要なことは、「懲戒処分をしてまで」と言うことで、このような処置が伴うことによって選択の自由を奪うことが問題なのだと考えられるわけだ。しかし、「国旗・国歌を敬うのは当然」と思っている人は、その前提の方が「内心の自由を尊重する」ことよりも上位に来てしまうので、反対をするという拒否の意志を示しただけで何か悪いことをしているかのような判断をしてしまう。だが、内心の自由を尊重することこそが民主主義の財産だと思えば次のような判断をするようになるだろう。社説では


「問題は、それを強制することの是非についてだ。判決が指摘したように個人の自由を尊重する民主的な社会では宗教、思想、信条など各人の心の中に国や自治体のような行政機関が安易に踏み込むべきではない。行政上の権力を背景に処分や強制をするのは行き過ぎというべきだろう。」


と語っている。また、この社説では公権力が内心の自由を侵すことの問題を指摘して、憲法によって公権力を規制することの正当性もよく分かるように説明されている。次のような記述だ。

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by ksyuumei | 2006-10-12 09:47 | 雑文