2006年 10月 07日 ( 2 )

憲法で保障された「思想・良心の自由」

「思想・良心の自由」というものをひどく勘違いして理解している人がいるような気がする。「思想」と「良心」というものを、辞書的に解釈すると平たく言えば次のようなものになる。

・「思想」=「心に思い浮かべること・考えること・考え」
・「良心」=「善悪・正邪を判断し、正しく行動しようとする心の働き」

「思想」の方は、哲学的なものになれば、もう少しまとまった体系的なものになるが、要するにどちらも心の問題であって、人間の内面の問題である。それが直接的な行動に結びつかない限りでは他人に迷惑をかける種類のものではない。

これらが自由を保障されなければならないということは、心に思うだけなら、その思ったことに対する責任は生じないと言うことなのである。責任は、具体的な行動とその結果としての事実に対して発生するのである。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-10-07 18:59 | 雑文

靖国神社の遊就館の記述修正続報

PPFVさんが「[毎日新聞]靖国神社遊就館:米が批判の記述修正 アジア関連は変えず」というエントリーで紹介している毎日新聞の「靖国神社遊就館:米が批判の記述修正 アジア関連は変えず」という記事に、非常に興味深い内容が書かれている。

この修正に関しては、僕は「アメリカに言われたから変えるという態度は、愛国的ということから見ていかがなものか」という印象を持ったのだが、「アメリカから言われたから」という批判は当たっていないという意見もあったようだ。特に時間的な問題を指摘してそのような主張をしているものがあった。

アメリカの批判や岡崎氏の文章が発表された直後に、遊就館がその修正という対応をしたのは、時間的に早すぎるというのだ。もしそれが影響したのなら、少なくとも何らかの検討をする期間が必要であり、すぐに対応出来たのは、そのことを以前から考えていたからだという推論でそのような主張をしている。例えば「おやびっくり、昨日の今日ですから、でも「君子の過ちや、日月の食の如し…」」というブログ・エントリーでは、次のような主張をしている。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-10-07 11:29 | 雑文