2006年 09月 28日 ( 1 )

言語の意味について

三浦つとむさんは、『日本語はどういう言語か』のなかで、言語の意味を関係として捉えて説明していた。言語にかかわらず表現というものは、形式と内容のずれ(矛盾)が存在する。同じ形式(外見=音声・文字の形など)であるにもかかわらず、それによって伝わるもの(内容)が違うという矛盾だ。同じ文章を読んでいるのに、まったく違う「意味」で読んでしまう人がいたりする。三浦さんは、これを形式と内容の対立物の統一として説明していた。

この矛盾はどのようにして解決するか。「同じ」と「違う」という正反対の性質が、そのまま無条件に成立すると考えると、これは形式論理に違反することになる。それは形式論理としてはあり得ないから、形式論理としての解決はどちらかを否定して矛盾を解消しなければならなくなる。その発想が、内容をある種の実体としてとらえる視点になる。内容を実体として固定してしまえば、ずれを読みとることが間違いだと言える。

内容を実体として捉えると、その実体は3つほど想像出来る。一つは表現を担う物質的存在である「物」という実体だ。言語の場合でいえば音声であったり文字がこれになる。彫刻や絵画であれば表現された物がそれに当たる。しかし、この発想は、表現された物と自然物との違いを示さない。表現されたものは、そのままでは伝わらない人間の頭の中にある「認識」と結びついていなければ、表現として機能しない。だから、これは「表現」の内容にはふさわしくないだろう。

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by ksyuumei | 2006-09-28 10:20 | 言語