2006年 09月 03日 ( 1 )

『大衆運動』(エリック・ホッファー・著、紀伊國屋書店)

大衆運動というものは、僕にとっては憧れでもあり、失望と反発を感じるものでもあった。初めてメーデーに参加したときの、大勢の人の連帯のエネルギーに高揚した気分は、それ以上の感動を味わうことが難しいと思ったくらいだ。自分がこの人たちの一員であると言うことを感じたときの喜びは、他の何ものにも代え難いと思ったものだ。

だが小さな活動の中では多くの失望を味わった。組合活動の中では、自分は一つの部品に過ぎないという思いを味わうことが多く、これでは組合にいるのも、資本に搾取される労働者でいるのも変わりはないんじゃないかという感じがしたものだ。組合は、なぜもっと大きな連帯感を感じさせてくれるような活動をさせてくれないんだろうかと思った。誰がやってもいい活動を、たまたま僕がそこにいたからやっているというような活動しかなかったように感じていた。

僕はいまでも組合員ではいるけれど、それは組合の活動に賛同して残っているのではない。組合という大組織にはあまり期待するところはない。大組織であるから、個人の利益を守っているという抽象論的な理解はしている。しかし、それは、どちらかというと個人的な利益という私益に関わる部分で組合の影響力が大きいと感じているようなものだ。公益のために働いているという喜びは、残念ながら今の組合活動には感じられない。

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by ksyuumei | 2006-09-03 16:45 | 読書