2006年 08月 07日 ( 1 )

言葉が現実を切り取って意味づけていくと言うことについて

亀田選手の世界戦については、その判定結果が問題になり、多くの人がそれに対して意見を語っていた。亀田選手を擁護する人は少なく、批判する人が多いというのが図式だったようだ。僕は、亀田選手の試合そのものよりも、その後の日本中の反応の方が面白かった。

この問題は、いろいろなことが複雑に絡み合っているので、なかなかどれが正しい判断かということを言うのが難しいだろうと思う。視点の違いによって様々な意見が出てくるのもやむを得ないことだと思う。だが、その様々な意見が、ある言葉から生まれてきたように見えるものがあるのは、言語と論理の関係に関心がある僕にとっては面白い現象だと思った。

「八百長」という言葉であの試合を語っている人が大勢いたのだが、この言葉の使い方に僕は違和感を感じた。八百長というのは、辞書的な意味は次のようになる。

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by ksyuumei | 2006-08-07 09:22 | 雑文