2006年 07月 22日 ( 1 )

真理の客観性について--客観的真理は存在するか

数学の基礎教養の一つに集合論というものがある。これは、ものの集まりというものを抽象して数学的対象にするものだが、単純に何かが集まっていれば集合になるというものではない。基準のはっきりしないものはいくら集まっていても、数学的対象としての集合にはならない。

例えば「大きい」人の集合といっても、人によって「大きい」という基準が違ってくれば、その集合に属するか属さないかが違ってしまう。このような曖昧な存在は数学では排除される。この場合は、身長が180センチ以上とか、体重が100キロ以上を「大きい」と規定して基準をおけば数学的な集合とすることが出来る。

数学が、「大きい」というような曖昧な判断基準を排除するのは、客観性を保つためである。主観によって判断が違ってくるようなことを考えたのでは、同じ結論に達することが出来ない。数学においては、その前提とする事柄も、使われる論理も、数学の世界にいる限りでは誰もが同じものを受け入れなければならない。そうすることによって、正しい事柄はすべての数学者が同じ結論に達するという「客観性」を保つことが出来る。

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by ksyuumei | 2006-07-22 14:05 | 哲学一般