2006年 07月 06日 ( 1 )

「ソシュール的な発想」ということで何を言いたかったのか

シカゴ・ブルースさんから「「言語なしの思考」」というトラックバックをもらった。それを読むと、なるほどと思えるところがたくさんあり、自分が考えていたことの曖昧さがよく分かると同時に、本当は何が言いたかったかということも少しずつ見えてきたような感じがする。言葉というのは多義性を持っていて、自分の中に生まれた考えを正確に伝えるのはとても難しいものだということを改めて実感する。

今僕は「言葉」という表現をしたのだが、これは「言語」と表現しても良いような感じもする。しかし、何となくニュアンス的に「言葉」と言いたい感じがしてそのように表現した。だが、このニュアンスを正確に伝えるのは難しい。「言語」と言ってしまうと、何か学術用語的で、きっちりとした定義の下に使わないとならない気がしてしまった。何気ない日常的な表現も含むというニュアンスを出すには、「言葉」という表現の方がふさわしいような気がした。

シカゴ・ブルースさんがトラックバックのエントリーで指摘している、僕が使った「言語」という表現も、実は「言葉」と言っておいた方がニュアンス的には良かったかも知れない。あの文章ではどうして「言語」という表現にしたのか、自分の心理を考えてみたいとも思う。

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by ksyuumei | 2006-07-06 10:09 | 言語