2006年 07月 04日 ( 1 )

「無意識」は存在するのか

「無意識」という対象は、人間の心を解明する上で非常に重要な役割を果たしたものとして、その発見が賞讃されているものだ。人間の言い間違いや物忘れ、その他理解が難しい行動に対して、それが「無意識」というものを原因としていると解釈すると、合理的な理解が出来るようになる。フロイトは、この考えによって、精神疾患の治療にも効果を上げたといわれている。

「無意識」というものは、実際的な有効性を持った考え方ではあるが、これの存在を突き詰めて考えてみるとなかなか難しいものがあるのを感じる。「無意識」という対象を設定して、その作用として人間の行動が影響を受けると考えると、人間の行動をより深く理解出来るように見えるが、そう解釈することが出来ると言うことから「無意識という心の領域が存在する」と主張していいものかどうかに確信が持てない。それは「存在する」という判断の対象になるものではないのではないかという思いがわいてくる。

「存在する」という判断の対象が、物質的なものであればそれは反映という考え方で受け止めることが出来るだろう。何らかの過程を経て我々の五感に反映する物質的存在は「存在している」という判断が出来る。それは錯覚である場合もあるだろうが、「錯覚である」という場合が解明出来れば、「錯覚でない」反映を確認することで「存在している」という結論が導けるだろう。

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by ksyuumei | 2006-07-04 10:31 | 哲学一般