2006年 06月 29日 ( 1 )

唯物論・観念論という哲学的考察と日常感覚との関係

唯物論・観念論というような高度に抽象的な対象について考えていると、それが日常感覚とは別世界のことを考えているような気がしてきてしまう。これを何とかごく普通の現象と結びつけて、哲学的な空想論として終わらせるのではなく、役に立つ知識として利用したいものだと思う。

僕はいままでも両者の概念を誤謬論に利用するという意識で考えていた。究極的には唯物論が正しく、観念論が間違っているという前提を持っていたので、ものの見方が唯物論的になるような視点を見つけ、すべてを唯物論で解釈するという方向を探していた。それが観念論的な間違いを避ける一つの方法だと思っていた。

しかし究極的な世界のとらえ方に対して、正しいとか間違っているとか言う判断は出来ないのではないかという気がしてきた。それは考えれば考えるほど分からなくなってくるもので、唯物論が正しいというのも、客観的な判断ではなく一つの解釈に過ぎないのではないかと思えてきた。つまり唯物論とか観念論とか言うものは、真理性を判断する対象にするのではなく、一つの発想法として利用する方が有効なのではないかと感じてきた。

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by ksyuumei | 2006-06-29 10:07 | 唯物論・観念論