2006年 06月 22日 ( 1 )

世界観や立場と真理性の問題

僕は若い頃に三浦つとむさんに出会い、その見事な論理の展開に魅了されて、すっかり唯物弁証法の信奉者になった。これこそが現実の真理を発見する方法だと思ったものだった。数理論理学も真理に至る一つの道だとは思ったが、それは数学という限られた対象の世界での真理性を求めるものだと思っていただけに、広く世界を対象にして現実の物事に対する真理性を判断する道具として唯物弁証法は素晴らしいものだと思った。

それと同時に、三浦さんが批判する観念論や形而上学などは、結果的には誤謬に導くものとしてあまり深く考えることなく思考の対象からは捨ててきたように思う。その具体的展開としての構造主義批判やソシュール言語学批判なども、三浦さんの文章を読むことによって、その批判的側面を理解したつもりになって、これも深く考えることなく捨てられるものとして受け取ってきたように感じる。

しかし、観念論・形而上学・構造主義・ソシュール言語学といったものは、今の時代の観点からは批判される部分が多いとしても、それが主流を占めた当時は、その時代の最も優れた人々を魅了した考え方だったのではないかと思う。単純に時代が進んでいなかったから間違えたのだという理解ではどうもしっくり来ないものを感じる。実はたいへん魅力的な優れた考え方の近くに誤謬の落とし穴があるのではないかという感じもする。

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by ksyuumei | 2006-06-22 09:46 | 哲学一般