2006年 06月 19日 ( 1 )

具体的な二項対立とその解決の方向性

二項対立というものを抽象的に捉えると、それが複雑な構造を持っていて、簡単にどちらか一方を否定するだけでは解決しないものがあるということが分かる。その場合は、否定したと思った一方の側が、意外なところでよみがえって、その時は正しいと思っていた命題が、固定化したことによって間違えると言うことが起こったりする。

認識において、観念的な知識(言語など)によって現実を解釈していくというのは、物質と精神の関係から言うと、精神が先行して物質の存在を確認していくように見える。物質的存在がそこにあるから、それを感覚で感じて精神に反映することで物質の存在が先行しているとは必ずしも言えないような場合が想定出来る。原子の存在の認識などにそれを感じる。

原子は感覚では捉えきれない存在なので、それを観念によって構成するという前提がないと、原子の存在そのものを認識することが出来ないように思われる。ノーミソの目で原子を見るという観念的な前提なしには、原子はいつまでも物自体にとどまると言えるのではないだろうか。

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by ksyuumei | 2006-06-19 09:43 | 雑文