2006年 06月 15日 ( 1 )

二項対立の止揚としてのヘーゲルの弁証法

僕は、弁証法の論理を三浦つとむさんを通じて学び、それが発想法として有効だという板倉聖宣さんの指摘が気に入っていた。三浦さんが語るヘーゲルについて学ぶことはあっても、直接ヘーゲルに関して学ぶことはしてこなかった。それは、ヘーゲルの言い回しが難しくてよく分からなかったからというのもある。

三浦さんの弁証法の解説は、あくまでも現実の具体的な世界を分析することによって、現実の弁証法性を理解することによって、現実存在の構造としての弁証法の論理を学ぶというやり方だった。これはとても分かりやすい方法だった。現実の対象が自分にも分かるものであれば、それをどのような視点で見ればどこに弁証法性が見えるかということが分かったからだ。

これは弁証法そのものを学ぶには分かりやすかったが、現実を学ぶことで済ませられるので、歴史を学ぶ必要がなかった。だから、三浦さん以前のマルクスの弁証法やヘーゲルの弁証法というものについては、漠然とイメージのようなものはあったが、それがどのようなものであったかという具体的な内容をつかむことは出来なかった。

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by ksyuumei | 2006-06-15 10:13 | 論理