2006年 05月 28日 ( 1 )

もう一つの偏見について

偏見というものが不当性を持つのは、それが社会的弱者に対してであることが多い。偏見とは文字通り「偏った見方」であり、ある一面を捉えて、そこから得た解釈が、対象の全面であるかのごとくに扱って考えることを言う。

以前に本多勝一さんが、アメリカの黒人を取材したときに、その差別された現状に同情して善意から黒人へ近づいた人々が、現実の黒人たちに嘘つきや泥棒が多いことに大きなショックを受けるだろうと書いていたことを思い出す。

嘘つきや泥棒が黒人に多いことは事実だったから、それと黒人であるという属性とを結びつけて、例えば黒人は道徳的・倫理的に劣っているという見方をすれば、それは偏見というものになる。実際には、黒人だからという理由で嘘つきや泥棒を説明出来るのではなく、その社会的状況などを、一面的にではなく多面的にその影響を考慮に入れて考えなければならない。それが出来ないと偏見という間違ったメガネで対象を眺めてしまうことになるだろう。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-05-28 10:10 | 雑文