2006年 05月 25日 ( 2 )

内田さんのアンチ・フェミニズム言説に対する誤読

僕の偏見にとってもっとも大きな影響は、内田さんのアンチ・フェミニズム言説を誤読したことだろうと今は感じている。誤読のポイントは、内田さんがアイロニーとして語ったことを、アイロニーとして理解せず、ベタにそのまま受け取ったことにある。なぜそのような受け取り方をしたかは、僕の無意識に属することのような気がするので今は分からないが、誤読から偏見への流れを考えてみると、これがもっとも大きなもののように思える。

内田さんの真意は、フェミニズムというものが基本的に正しい主張をしているものであるにもかかわらず、現実にフェミニズムという言葉で流通している現象は、その正しさを少しも実現せず、かえって抑圧的な作用をもたらしているという皮肉を指摘したものとして理解しなければならなかった。

それはフェミニズムに対する誤読であり間違った判断ではないかということが内田さんの真意ではなかったかと思う。それを、間違ったのはフェミニズムだというふうに、現象を短絡的に理解したことが誤読だったと思う。

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by ksyuumei | 2006-05-25 10:05 | 雑文

自分の中の教条主義と自らの誤読に対する自己批判

自らの中にある偏見に気づき、「構造的無知」から解放されて自分を冷静に眺めてみると、「地獄への道は善意によって敷き詰められている」という法則を自分が実践していたのを感じる。自らが正しいと信じた行為によって、僕は多くの人を攻撃してしまったことに気がついた。それが正しいと思っていただけに、歯止めが無くエスカレートしていってしまったようにも思う。

そのようなことを見抜いていた人からは、僕のような人間は、まったく軽蔑に値すると思われても仕方がないと思っている。何を言われようとも返す言葉がない。しかし、コメント欄に暖かい言葉をかけてくれる人がいるのを見て、このような軽蔑すべき姿をさらしてしまったにもかかわらず、出直そうとする姿を暖かく受け入れてくれる人がいると言うことに、大きな感謝を感じる。人の心の温かさを感じて、ただありがたいと思うだけである。

それに勇気を得て、自分にとってはもっともつらい自己批判をする決心がついた。これがどうしてつらいかというと、教条主義と誤読というのは、僕が攻撃して回った事柄なので、自らが激しく怒りを抱いていたことを実は自らが行っていたというアイロニーを認めなければならないからだ。これはひどくつらいことだ。自分で自分を軽蔑しなければならないと言うのは、自己防衛本能をひどく傷つける。

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by ksyuumei | 2006-05-25 09:16 | 雑文