2006年 05月 22日 ( 3 )

「数学屋のメガネさんへの再批判。」に対する反批判 4

さてchikiさんの「数学屋のメガネさんへの再批判。」に対する反批判の続きだが、以前の石原慎太郎氏の言葉を巡るものを、ちょっと補足説明しておいた方がいいと感じた。これを論理の問題とすることに違和感を感じる人がいるかもしれないので、そのあたりのことを説明しておく。

とりあえず、その部分の僕の文章を全文引用しておく。

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by ksyuumei | 2006-05-22 23:21 | 雑文

「数学屋のメガネさんへの再批判。」に対する反批判 3

さてchikiさんの「数学屋のメガネさんへの再批判。」に対する反批判の続きだが、まずは次のようなものから始めよう。chikiさんは、僕の提起を


「極端なフェミニズムの登場→正当なフェミニストが是正しない→誤解の蔓延→自分のような噴きあがりが続出→ムキー」


という単純な図式で解釈しているが、もしこのような単純な図式で受け取っているとしたら、「フェミニズム」という言葉が陥っている強い偏見と誤解を払拭するのはかなり厳しいだろう。

僕は行き過ぎたフェミニズムをいちいち訂正して回れなどと言うことは一言も言っていないと記憶している。そんな風に受け取れるような記述があれば、僕の文章表現のミスだろうと思う。無意識の中にも、そのような考えはないとかなり自信を持って言える。なぜなら、そんなことをしても少しも偏見の解消にならないと思っているからだ。

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by ksyuumei | 2006-05-22 10:33 | 雑文

「数学屋のメガネさんへの再批判。」に対する反批判 2

chikiさんからさっそく反応が返ってきたことを感謝したい。幸いなことに、今忙しいそうなので、この間に、「数学屋のメガネさんへの再批判。」の残りの部分に対する反批判を書いてしまいたいと思う。新しいエントリーで、批判の趣旨はさらに深く分かってきたのだが、それでもやはり疑問は解けない。

chikiさんは、「「たとえ善意から出発した○○であろうとも、それが極論にまで達すれば論理的には間違える」というのはどんな論理にも当てはまる」と書いている。つまり、僕が語ったことはある意味ではごく当たり前のことなのである。書き方が気に入らないということはあるだろうが、ごく当たり前のことに対してどうして過剰反応が起こるのかが僕には分からない。

僕は弁証法の正しさを確信しているが、それも条件を逸脱しない限りでの正しさだという自覚をしている。弁証法だってその適用範囲を逸脱すればいつでも詭弁に転落する。誤謬の可能性はいつでも存在する。それは当たり前のことであって、当たり前だからこそ、誤謬に敏感になって、どこで真理が誤謬に転化するかということを研究しなければならないと思う。

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by ksyuumei | 2006-05-22 09:18 | 雑文