2006年 05月 20日 ( 3 )

トラックバック先のエントリーに対する雑感

トラックバック先のエントリーでの批判はほとんど的はずれだと感じているのだが、部分的に気になるところを雑感として記録しておこう。まず「こんな主張誰がしてるの?」の中の次の部分だ。


「ちなみに、「クラス名簿を男女混合にする」ってのは、あるかもしれない。しかしその真意は、「男女別にする正当性はどこにもない」というところからきているはずだ。もちろん、「男女混合」にもいろいろなものがあるだろう。家がお金持ちの順番とか(笑)、背の高さ順とか、学校から家までの距離が短い順とか。そのどれもが恣意的でしかない。もちろん、「あいうえお順」だって恣意的なのである。しかし、どんな順番も恣意的であるなら、その暴力的な要素が少なく、かつ調べるコストがかからないような順番がよいであろう。「あいうえお順」が最も正しいとは思わない。それに代わってより暴力的でない案があれば、僕はそちらに乗り換えてもいいと思っている。ただ現状ではそれが思いつかないからという理由で、暫定的に「あいうえお順」を支持している。」


これは、論理的に極めておかしいのだが、本人にはその自覚はないかも知れない。本当は「男女別にする正当性は考えれば思いつく」のだが、ここでは百歩譲って、その正当性がないと前提しておこう。しかし、この前提を置いたとしても、そこから「男女別の出席簿を否定する」という論理的帰結は出てこないのである。

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by ksyuumei | 2006-05-20 11:02 | 雑文

告発のための告発

ブログになる前の楽天広場では、かつて著作権法の違反を摘発することが流行っていた頃があった。当時はまだインターネットも大衆的な開放がされたばかりの頃で、よく知らなかったり慣れていなかったりする人たちが、著作権のある映像を無自覚に自分の日記に貼り付けていたりしていた。

それに対して、啓蒙する意味で親切に教えているのなら、この著作権法違反の摘発も、僕はそれほど違和感を感じなかったと思うが、どうもそれは啓蒙的ではなく、むしろ摘発して告発すること自体が目的ではないかと思えるようなものが多かった。

他人の欠点を指摘して、自分がそれを諭すような立場に立ったときに快感を覚えるという種類の人間がいるのだなとその時僕は思った。そのような快感を感じる人間にとっては、著作権法というのはまったく便利な法律だという感じがした。何しろ違反かどうかは極めて分かりやすい。だからその指摘は簡単に出来るし、何しろ法律だから、自分の方に絶対的な正しさがあることが証明出来る。

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by ksyuumei | 2006-05-20 09:43 | 雑文

フェミニズムの主流派はどこにいるのか

極論としてのフェミニズム批判をしたところ、いくつかのトラックバックをもらったが、僕がよく訪れる瀬戸智子さんのブログを除いては、それが過剰反応としか思えないトラックバックだったので少々驚いている。過剰反応は、いわゆる「ネットウヨ」と呼ばれる集団の特性かと思っていたのだが、フェミニズムを論じる人間にもそのような過剰反応があるようだ。この反応で、僕はフェミニズムというものにますますうさんくささを感じるようになった。過剰反応というのは、容易に反対の極に振れる可能性があるからだ。

もし自分の主張がまともなフェミニズムだと思うのなら、僕の批判などは、極論としてのフェミニズムを批判したものなのだから、それと自分とは違うと言ってしまえばそれですむのではないかと思う。それをどうして、極論の批判に対してまで、フェミニズム一般への批判だと受け取るのだろうか。自分の理論の中に、僕の批判に相当するものが入っていたのだろうか。

僕が師と仰ぐ三浦つとむさんはマルクス主義者だった。今ではマルクス主義は完全に死んだと言ってもいい状態になっている。ソビエトの崩壊によって、マルクス主義を基礎としていた国家がその理論の誤りを証明したからだ。マルクス主義はソビエトが崩壊する前から様々な人に批判されていた。反共的な極端なものから、三浦つとむさんのように同じ陣営からの批判もあった。異なる立場からの真っ当な批判としては、ソビエトの崩壊を予見していた小室直樹氏がいるそうだ。

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by ksyuumei | 2006-05-20 00:28 | 雑文