2006年 05月 16日 ( 1 )

セクハラについて考える

僕は、昨日のエントリーで筆坂さんの『日本共産党』(新潮新書)を取り上げて考えてみたのだが、その中で、筆坂さんのセクハラ問題を「交通事故にあったようなもの」という比喩をした。この比喩は、かなり微妙な問題を含んでいるのを感じる。

まず、日本におけるセクハラの定義だが、「セクハラ」によれば次のように書かれている。


「セクハラとは、「性的いやがらせ」のことをいいますが、広くは、
「相手方の望まない性的言動すべて」をいいます。

セクハラとなるかは、あくまで平均的な女性がその状況で、そのような
言動を受 けた場合、不快と感じるかを基準に判断されます。

とはいっても、特に繊細で不快と感じやすい人の場合でも、
不快な言動が続けられた 場合にはセクハラとされることもあり、
快か不快かを決めるのはあくまで、そのよう な言動を受けている人
ということになります。 」


これはかなり問題のある定義だと思われる。この定義が一般的に「セクハラ」と言われるものを判断する基準になっているとしたら、これはかなり恣意的に判断される可能性を持っていると思う。

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by ksyuumei | 2006-05-16 09:37 | 雑文