2006年 05月 06日 ( 2 )

凶悪犯罪の加害者に対して死刑を望まない被害者遺族がいた

「ふらっと 人権情報ネットワーク」というページに「加害者は許せない だけど死刑には反対です」という、犯罪被害者の遺族である原田正治さんのメッセージがあった。これは、犯罪被害者の遺族の直接の声として、死刑廃止を考える人にとっては貴重な情報になるのではないかと思う。

原田さんは、弟を保険金殺人で殺された犯罪被害者の遺族だ。加害者に対して、一審での裁判では「極刑以外には考えられません」と証言している。「殺してやりたいほど憎い」と思っていたそうだ。ここまでの感情の流れは、死刑を肯定する人々が語ることと重なる。被害者の遺族の感情としては、そうだろうと誰もが想像することが起きていた。

しかし、原田さんはここからが違ってくる。確かに最初は、感情に流されて、誰もが想像するような対応になっていたが、時間とともにそれが変化していったのだ。変化の原因はいろいろなことが考えられる。興味本位で取材するマスコミにうんざりして、期待通りの行動をすることに疲れたということもあるかも知れない。

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by ksyuumei | 2006-05-06 22:54 | 社会

死刑廃止に対する感情的反発にどう答えるか 2

感情の問題というのは、感情で判断することがふさわしいというものがあるだろうと思う。形容詞で表現されるような問題は、だいたい感情で判断してもそれほど間違いはないのではないかと思う。

例えば好き・嫌いというものに関しては、何が好きでも、何が嫌いでもそれほど大した影響はない。自分の好みで選べばいいだけの話だ。好きなものは好きでしょうがないし、嫌いなものは嫌いでしょうがない。昨日は、知り合いとのある会話で日ハムの新庄が嫌いだという話題があった。あの目立ちたがり屋のところが嫌いらしい。

僕などは、プロとしてインパクトのある行動で目を引くのは、ある意味ではプロ意識の現れだと思っているので、むしろ好感を持っていただけに、感覚の違いが面白いなと思った。だから僕が新庄が好きで、知人が新庄を嫌いでも、そのことはお互いの関係にはまったく関係がない。好みが違うのだなということを感じるだけだ。

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by ksyuumei | 2006-05-06 11:04 | 社会