2006年 04月 15日 ( 3 )

歴史観について

『新しい歴史教科書』が登場したとき、そこには、歴史は物語であるというようなことが語られていた。日本人にとって誇りが持てるような歴史こそが価値あるものだという思いがそこにはあったようだ。歴史が、根本的にどのようなものであるかと考えるものを「歴史観」と呼んでいる。

その一つが「歴史は物語である」というものだろう。辞書で調べると、歴史観の代表は、マルクス主義の「史的唯物論」だった。それは、人間の歴史を解釈するのに、人間の精神活動に関わる部分「政治・法律・宗教・哲学・芸術などの制度や社会的意識形態」(上部構造)が、物質的活動に当たる「社会的生産における物質的生産力とそれに照応する生産関係とからなる社会の経済的構造」(土台)によって決定されているとする見方だ。

歴史を物語だと考える「歴史観」は、最初から科学であることを放棄している「歴史観」だ。それは物語であるから、物語の作者によって違う歴史が登場しても仕方がないと考える。だからこそ、日本人のための歴史は、日本人が誇りを感じ、ある意味ではいい気分になるようなものを選択して歴史として語ることになる。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-04-15 21:23 | 科学

江川達也氏の言説は一流か

僕は、漫画家の江川達也氏を神保哲生・宮台真司両氏のマル激トーク・オン・デマンドで知った。宮台氏は江川氏を高く評価しており、その見識の深さを認めていた。しかし、江川氏は、他の所では変人として有名になっているようで、必ずしも高く評価している人ばかりではなさそうだ。特に、ドラえもん批判をしてからは、ドラえもんファンからは嫌われているようだ。

僕は今はあまりマンガを読まないので、江川氏のマンガを評価することは出来ないのだが、『現実はマイナーの中に』(ウェイツ)という本に語られている江川氏の言説には一流性を感じる。このような発想と論理展開が出来る人なら、宮台氏が高く評価するのも頷けるという感じがしている。

江川氏は時にかなりの極論を語るので、その背景となる根拠が読みとれないときは、勝手に傲慢な持論を展開しているようにしか見えない。しかし、その根拠さえ読みとれるなら、非常に論理的に明確な主張をしていることが分かる。江川氏が、数学の専門家でもあったという近さがあるせいかもしれないが、僕は彼の言説を高く評価する。それをこの著書からの引用で考えてみたいと思う。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-04-15 18:24 | 雑文

科学的真理はどのようにして証明されるか 3

板倉さんの『科学はどのようにしてつくられてきたか』は、次の話題として植物を取り上げる。「大地・球形説」や「地動説」のような天文学に関するものは、いかにも科学というイメージが出来るのだが、植物に関するもので科学的真理というとどのようなものが頭に浮かぶだろうか。普遍的な法則性というものがなかなか浮かびにくいのではないかと思う。

植物というと、何か分類をして知識を増やすというようなイメージが強い。ある植物がどのような花の形をしているか、その数は何枚か、あるいは葉に特徴があるのか、という博物学的な関心が強いのではないかと思う。これは、残念ながら科学という感じはしない。いくら正しい事実であっても、そこに普遍性・一般性が感じられなければ科学とは思えないのだ。

武谷三男さんは、かつて物理学の発展を分析して、<現象論的段階><実体論的段階><本質論的段階>という三段階の発展をするという「三段階論」を提唱した。これは、物理学に限らず、科学においてそのような発展の過程を経るのではないかと思われる。そして、<本質論的段階>こそがもっとも発展した科学の姿だろうと思う。

More
[PR]
by ksyuumei | 2006-04-15 10:41 | 科学