2006年 04月 08日 ( 1 )

実定的な抵抗感と欠性的な抵抗感

内田樹さんは『映画の構造分析』の中で、何かに「引っかかる」感覚を「鈍い意味」という言葉で形容している。これは、確かな解釈が出来ないと言うことで、明確にならないという意味での「鈍さ」を持っている。「脈絡のなさ」あるいは「シニフィエなしのシニフィアン」などという言葉で表現されている。

「シニフィエ」と「シニフィアン」などと言う難しい言葉を使うと、何か高級なことを語っているような気分にはなるが、その内容がイメージ出来なければこの言葉を使うことには意味がない。単なる二流の俗物趣味みたいなものだ。表現を理解すると言うとき、そこに使われている言葉を辞書的に理解するのではなく、その表現が表している対象がどのようなものであるかを捉えることが出来なければならない。

「シニフィエ」と「シニフィアン」という言葉について何も知らなくても、「シニフィエなしのシニフィアン」という対象がどういうものであるか、自分の言葉で語ることが出来れば、この表現は理解されたことになる。これは、映画における「鈍い意味」であり、「脈絡のなさ」の現象を表現したものなのだ。

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by ksyuumei | 2006-04-08 11:29 | 内田樹