2006年 04月 03日 ( 1 )

誤読と多様な解釈の違い

かなり前に、教育界に<法則化運動>なるものが席巻したとき、仮説実験授業研究会はこれを批判していた。ここで語られている「法則」なるものが、せいぜいが「ことわざ」程度のものに過ぎないのに、仰々しく「法則」などと呼ぶのは間違いではないかというものだった。それは「ことわざ」のように、ある特定の場面で指針として使うなら有効だろうというもので、使い方を間違えれば失敗するもののように見えた。「法則」というなら、どの場面で使えば有効なのかの「条件」をきちんと解明すべきだろうという批判だった。

この<法則化運動>の頂点にいた人物に向山洋一氏という人がいた。仮説実験授業研究会では、向山氏の詩の授業にも批判の矢を向ける人たちがいた。それは、安西冬衛の「春」という詩を使った授業だった。「春」は短い一行だけの詩で、全文引用になってしまうのだが次のようなものだ。


「てふてふが一匹韃靼(だったん)海峡を渡つて行つた。」

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by ksyuumei | 2006-04-03 21:37 | 雑文