2006年 03月 21日 ( 1 )

二流問題の考察--簑田胸喜の場合(続き)

「蓑田胸喜の時代」から、考察の目的のいくつかが理解出来るようになった。その思想の二流性は、理想が高潔なものでありながら、実現する手段が安易な方向のものであり、「観念論的妄想」と呼んでもいいような愛国・天皇賛美から発しているところにあると僕は感じる。

ただ、思想の二流性にもかかわらず、人格の高潔さが大衆的支持を得る可能性も感じた。このあたりがプラスの評価とマイナスの評価に関わる部分だろうか。真面目な狂信者というのが、ポピュリズムを獲得した場合に、実に恐ろしい存在になると言うことの一つの例ではないかと僕は感じる。ヒトラーなども、その本質は非常に真面目で愛国的だったのではないかと思う。

佐高信さんの言葉でを借りると、小泉さんは「クリーンな鷹」と言うことになる。思想的には二流であっても、このクリーンさがポピュリズムの対象になる。恐ろしい存在として君臨しているのではないかとも思う。二流の問題の考察は、そのような意味でも極めて現実的な今の問題と関わっている。

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by ksyuumei | 2006-03-21 09:42 | 社会