2006年 03月 16日 ( 1 )

「賃金」と交換されるのは「労働」なのか

Kawakitaさんの「内田樹氏のエントリー「不快という貨幣」関連の言説は「俗流若者論」か?」というエントリーに引用されているコメントの中に次のような表現がある。


「そもそもの定義からして、「贈与」は見返り(対価)を求めない行為であり、だからこそ、それは市場における「売買」や「取り引き」、「等価交換」に明確に対立します。一方、近代社会における「労働」は、労働者が自らの行為を「賃金」と交換し、あるいはその生産物である「商品」を市場において「売買」する行為です。ですから、「労働は贈与である」という言明は、「丸は四角い」という言明と同様に、端的に背理なのです。」


この中の「丸は四角い」という表現に関連して批判をしたのが前のエントリーだったが、今回は「近代社会における「労働」は、労働者が自らの行為を「賃金」と交換し」という主張を批判的に検討しようと思う。この主張から、表題のような疑問が生まれるのだが、それを先に解答しておけば、

 <「賃金」と交換されるのは「労働」ではない。「労働力」の方である>

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by ksyuumei | 2006-03-16 10:27 | 雑文