『ラディカリズムの果てに』の中に書かれている、仲正さんの北田暁光氏批判を考えてみたいと思う。これは、前提としては、仲正さんが記述する「事実」が正しいものとして考える。北田氏と仲正さんの間に何があったかは、仲正さんが語ることで知る以外に方法がない。直接の関係者であれば何か知りうることがあるかも知れないが、そうでない人間は、誰かが語ることを信じて、それを前提として論理を展開するしかない。
仲正さんが語ることが事実でないということになれば、そこから展開される論理は無意味ということになってしまう。それは、間違った前提から結論されることは、正しいか正しくないかは決定出来ないからだ。しかし、事実かどうかが確定出来ない状況では、それは仮言命題として受け取ると言うことになるだろう。もし、前提が正しいと仮定したら、そこから導かれる結論として、仲正さんが語る批判に正当性があるかどうかを考えてみたいと思う。 さて、仲正さんが語る、批判の前提としての事実を確認しておきたいと思う。まず第一のものは、 1 2005年の秋、仲正さんと北田氏のトークセッションが企画される。 というものだ。これは、書籍化を前提として企画されたらしいのだが、なぜか 2 第2回を持って終了。書籍化もされなかった。 らしい。この二つの事実は、おそらく間違いはないだろう。確かめればすぐに分かることだと思うからだ。このようなことで事実でない嘘を語っても仕方がないと思われるからだ。だが、これが事実として間違いないとしても、これの解釈はなかなか難しいだろう。なぜ終了したかという理由は、事実と言うよりも解釈に入るものだと思われる。ここでは「どうやら『諸君!』(2005年12月号)誌上で仲正さんが参加した、八木秀次さん、小谷野敦さんとの鼎談にその理由があったようですね」と語られている。 これは解釈だから事実かどうかは分からない。これに関係する事実としてはっきりしていることはどういうものかを、仲正さんの言葉から探してみよう。まずは、 3 『諸君!』に仲正・八木・小谷野氏の鼎談が載った。 ということは事実として確認出来ると思う。これに対して、仲正さん本人は、 4 「最近の言論界の風潮についてざっくばらんに語った、いわば雑談の延長のようなもの」という認識を持っていた。 これは、鼎談そのものが「雑談の延長」だったということを事実として語っているのではなく、仲正さん自身はそのように解釈していたと言うことが事実だったということだ。後に、この解釈の食い違いがトラブルを発生することになるのだが、仲正さんの北田氏に対する批判は、解釈の違いにあるように思われるので、仲正さんがどう解釈していたかを事実として確認することは大事なことだと思う。 次に事実だろうと思われるのは次のようなものだ。 5 「「右」の人と雑談して少々同調的なことを言った」。 これは、仲正さん自身の言葉なので、仲正さんが語る事実の中に含めてもいいだろうと思う。「右」というのをどう定義するかという問題があるかも知れないが、八木氏は「右」と言われている人なのではないかと思うので、これも事実の一つだと考えてもいいのではないか。 6 北田氏は、鼎談の中身ではなく、参加者の顔ぶれ(八木氏)を問題にして非難(批判?)してきた。 これが事実かどうかを確認するのは、仲正さんの批判において重要なことだと思う。なぜなら、この事実こそが批判に値するという判断に直接結びつくものだからだ。 鼎談の中身に問題があるのなら、それは批判として正当性を持ったものかどうかを考えることが出来る。指摘が正しければ、それは批判として正しいだろう。しかし、中身に関係なく、誰と一緒にいたかということで非難されるとしたら、それは論理的なものになるだろうか。 「同調的なことを言った」と言うことが批判に値するという主張もあるかも知れない。しかし、誰かが語ることが、何から何まですべて間違っていると言うことはないだろう。中には正しいことを語っていることもあると思う。そうであれば、その正しいことに対しては同調的なことを言う方が普通ではないだろうか。 いずれにしても、これも、何に対して同調したかという鼎談の中身が問題になることだろうと思う。顔ぶれだけを問題にして非難しているとしたら、これも批判としてはどうかと思う。今、僕は非難と批判という言葉を分けて使ったが、非難というのは、論理的に正当な理由がないのに相手を責める場合に「非難」という言葉で表現している。感情的な反応をしている場合といえばいいだろうか。批判というのは、あくまでも論理的に正当なものでなければならないと思う。 北田氏の指摘を「非難」と表現したのは、仲正さんがそう感じているだろうと思ったからだ。ただ、これはまだ客観的事実かどうかは確定していないので、非難・批判と両方の言葉を使った方がいいのかも知れない。「同調的なこと」の中身については、もう少し詳しい記述もあるので、この部分の事実も確認しておこうと思う。 7 八木氏の「フェミニズムの行き過ぎについて」の言及について仲正さんは次のようなことを語った。 「上野さんや小倉さんのような、有名でかつ指導的立場にいるはずのフェミニストが、この二つの性を混同して、『ジェンダー』のみならず『セックス』でさえも生物的にではなく、社会が構築してしまうかのような、妙な社会還元主義に陥っています」 「頭の悪いフェミニストが言うような『ジェンダーからの解放』を目指すなら、『八木秀次は男性中心主義者だ』といったジェンダー的な決めつけからも自由になるべきです(笑)『女性中心主義』という非難をすることなどないくせに、いろいろなものに『男性中心主義』というレッテルを安易に貼ってアンチをやればそれでいいんだというのは、『フリー』好きな割には頑なすぎます。」 これは確かに同調的な発言になっているが、発言そのものに不当性があるかどうかが問題だ。ごく当たり前のことを語っているだけだと受け止めれば、鼎談の中身ではなく、顔ぶれを問題にしているという仲正さんの指摘が正しいことになるのではないかと思う。 この内容が、論理的に批判に値するものであれば、北田氏の指摘は、感情的な非難ではなく正当な批判と言うことになるだろう。上の仲正さんの発言が批判に値するものであれば、そこに何らかの間違いがあるという指摘をしなければならないと思うが、それは指摘出来るだろうか。 「妙な社会還元主義に陥っています」という判断が間違いだという指摘は出来るだろうか。これはなかなか難しい問題だと思う。完全に正しいという証明も出来ないかも知れないが、完全な間違いだという証明も同じくらいに難しいのではないかと思う。つまり、そう感じることも感じないことも、どちらも一理あると言うことになるのではないだろうか。 これは、仲正さん自身も雑談程度のことと語っているので、学問的にそう判断したと言うことではなく、そのような感想を持っている人間もいるという程度に受け止めておけばいいことなのではないかと思う。ことさら論争することでもないだろうという感じだろうか。 もう一つの発言については、「頭の悪いフェミニスト」と指摘されたと感じる人にとっては、感情的にカチンと来るものかも知れないが、これも一つの感想に過ぎないものではないかと思う。『八木秀次は男性中心主義者だ』という、相手を断罪するような論理を使うのなら、もう一方の『女性中心主義』に対しても同じように扱わなければ論理としての平等性が取れないのではないかという、一般論的な感想の一つと捉えた方がいいだろう。 この二つの発言に、特に批判に値するほどの間違いが含まれているとは、僕は思えないのだが、立場が違う人からは違う見方が出来るかも知れない。北田氏は、そう見たのではないかとも思う。 仲正さんによれば、北田氏が特に問題にしたのは、『ブレンダと呼ばれた少年』という「近年のジェンダー研究の理論的基礎となっていた「性は環境によって作られる」というジョン・マネー教授のジェンダー中立説を裏付けていた実例が実は誤りだったことを示した書物」に関する対話が行われた部分だったようだ。事実としては、 8 八木氏は、「上野千鶴子の『差異の政治学』(岩波書店)が酷いのは、02年刊行の時点でまだマネーの中立説を無批判に評価し、その2年前に出た『ブレンダと呼ばれた少年』には何の言及もないところです」と発言した。 ということがあったようだ。そして、 9 仲正さんは、この発言に対しては直接反論していない。 ということも事実だろうと思う。それは 10 「なぜ八木に反論せず、同調しているかのような発言をしているのか」と北田氏は仲正さんをトークセッションで責めた。 と書かれているからだ。仲正さん自身は、このような反論をしたとは書いていない。むしろ、なぜこのようなつまらないことを問題にするのかという感じで書いている。だから、反論しなかったと言うことが事実だろうと思われる。 北田氏のこの指摘は、批判として正当だろうか。仲正さんは、これは批判ではなく、つまらないところを突っついている非難のように感じているように思われる。その的はずれが間違いであると、仲正さんは北田氏を批判しているように思われる。これは、どちらの主張の方が正しいのか、もっとよく考えてみなければならないことではないかと思う。
by ksyuumei
| 2006-08-03 09:56
| 雑文
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