昭和天皇の発言メモについて論理的に考えてみる

元宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)の手帳に残されていた昭和天皇の発言のメモが論議を呼んでいる。それは、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)について強い不快感を示していると解釈されていることが、靖国参拝問題を巡るいくつかの立場にとってどう受け止めればよいかが問題にされているようだ。

靖国参拝の是非を、昭和天皇の言葉を元に判断するのはあまり論理的ではない。昭和天皇が何を語ろうとも、その是非は論理的に求められなければならない。しかし、いわゆる右翼論壇にとっては、昭和天皇の言葉を無視することは出来ないだけに、靖国参拝に対して素朴に是とするわけにはいかない。昭和天皇の言葉と齟齬を起こさないような解釈が必要だ。

靖国参拝に反対する側も、昭和天皇の権威を利用してその反対を主張するのにはためらいがあるものと思われる。昭和天皇の意志にかかわらず、それは反対だと思うからだ。どの立場にとっても昭和天皇の言葉の解釈は難しいだろうと思う。



また、言葉の解釈の問題だけではなく、今なぜこの時期にこのスクープが出されたかという問題もあるだろう。それは日経新聞のスクープだと言うことだが、この事実からは、財界の意志として靖国参拝をやめさせたいというものがあるのだろうという想像も出来る。中国との貿易関係をこれ以上悪化させたくないという思惑があったとしても不思議ではないし、そう考えた方が論理的な整合性は取れる。

この問題は、事実として確認出来る部分が少ないので、論理的に理解するとすれば仮言命題として理解した方がいいだろうと思う。もしこのことが事実だったら、論理的な帰結としてこのようなことが考えられるだろうというような理解がふさわしいと思う。

まずは大前提として、メモが本物かどうかということがあるが、これは日経新聞のマスコミとしての権威を考えれば、ニセモノを提出するとは考えられない。しかし、それが本物だと100%の確信を持って断言することは出来ない。そこで、かなりの確率で本物らしいということを前提として仮言命題的に考えると言うことになるだろうか。

さて、メモが本物だとした場合に、そこに書かれたことをどう受け止めるかだが、これは論理的に言えば、昭和天皇の表現の一部が、富田朝彦氏の視覚・聴覚・頭脳を通過して、富田朝彦氏の表現として言語化されたと受け取るのが妥当なのではないか。つまり、そこに書かれたものは、昭和天皇の表現そのものではないという受け取り方だ。

これがメモではなく、音声を記録したテープや、映像までも記録したビデオであれば、かなりの蓋然性で昭和天皇その人の表現として受け止めることが出来るだろう。それでも、その表現の前後に何が語られていたかとか、映像にしても一方向だけでなく、違う方向からのものも参考にしなければ、やはり一面的な情報にしか過ぎないものになるだろう。

論理的な前提としては、その表現は、あくまでも昭和天皇の一側面を伝えているものだと言うことを忘れてはならないだろうと思う。例えば、その不快感なども、どの程度の感情の表れとしての不快感なのかということは、メモに書かれた部分だけでは分からない。そこを想像で補うと、仮言命題としていくつか考えられるのではないか。


1 かなり強い個人感情としての不快感を抱いていた


という仮定ならどう言うような論理的な帰結が考えられるだろうか。個人的感情との結びつきが強ければ、個人的に不快な思い出と結びついてA級戦犯の合祀に対する不快感が生まれたと考えられる。これは、瀧本遵一さんの「愛国通信」というページの中の「「茶番」・・・である」という記事の次の文章が、論理的な帰結になるのではないだろうか。


「昭和天皇にしてみれば、東条英機など、対米戦争を始めて自分に恥をかかせた挙句、屈辱的な敗北をもたらした連中などを靖国に祭るなどということが腹立たしいと思っただけのことだ。」


個人的な感情としての不快感なら、自分に不快なことをもたらした出来事と結びつけてA級戦犯への不快感を抱くのではないかと考えられる。敗戦と言うことは、そのような不快な出来事と捉えられると、敗戦の原因を作ったやつと言うことでA級戦犯に対する不快感を抱く可能性がある。

もし昭和天皇が、このような個人的感情で不快感を持っていたとしたら、小泉さんが言うように、靖国参拝は個人の心の問題だと言うことが正しくなるのではないかと思う。第一の仮定の下での仮言命題はこのように解釈出来るが、他の仮定も考えられるだろうか。

昭和天皇の不快感が、個人的なものではなく、もっと論理的あるいは社会的な要素を持っているという仮定も考えられるのではないかと思う。次の仮定は唐突ではあるが、可能性としては排除出来ないと思う。


2 昭和天皇は東京裁判を受け入れ、それによって、靖国神社が犯罪者を合祀したと言うことに不快感を持った。


これならば、感情的な反応ではなく、論理的に考えた結果としての不快感であり、心の問題ではなく理屈の問題と言うことになる。ただ、この仮定の難しさは、「東京裁判を受け入れる」と言うことをどう解釈するかで見解が違ってくるのではないかと思われることだ。

これをまったくベタに受け取るなら、日本の戦争に関してはA級戦犯にすべての責任があるのであり、国民及び天皇には一切の責任がなかったということも受け入れていることになる。罪はすべてA級戦犯に押しつけてしまうという解釈だ。これは、あまりにも短絡的すぎる解釈のように見える。

昭和天皇がこのように単純な理解をしていたと解釈することも出来るだろうが、その解釈から得られる論理的帰結は実りが少ない。このような仮言命題から得られるのは、昭和天皇は、戦争について深く考えていなかったのかなと言うようなことだ。

だが、ベタに東京裁判を受け取っていたのではなく、そこに物語を設定することの重要性を読みとって、いわば東京裁判をネタ的に受け入れていたとすれば、これは深い考えの元にそれを受け止めていたとも言えるのではないかと思う。

東京裁判をネタ的に物語として受け入れるというのは、宮台氏がよく語るように、戦争による他国の被害の責任をA級戦犯に背負ってもらうことによって、日本の国が戦後国際社会へ受け入れてもらうための条件を作るという物語に同意すると言うことだ。

サンフランシスコ講和条約では、第十一条【戦争犯罪】の中で、「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする」と語られている。東京裁判の結果を受け入れることが、講和の条件の一つになっている。

東京裁判の結果を受け入れることで、日本は戦争における過ちを反省し、二度と同じ過ちをしないということが諸外国へ信用されることになったわけだ。もし、この東京裁判の結果を否定するなら、日本は戦争における過ちを反省していないと受け取られても仕方がないことになる。

もちろん、あの戦争は侵略戦争ではなく、過ちはなかったとする解釈も出来る。しかし、それを国際的に、日本の国家としての考えだと表明することは、サンフランシスコ講和条約を否定することになるのではないだろうか。A級戦犯が祭られている靖国神社へ、公人としての日本国の代表が参拝すると言うことは、まさにサンフランシスコ講和条約を否定することに等しいと、宮台氏はよく語っている。

もし昭和天皇が、ネタ的に東京裁判を受け入れていたとすれば、心の中では、敗戦したことによって日本の罪のすべてを背負ったA級戦犯たちに感謝をしながらも、表面的には彼らを否定する態度を取らなければならなくなるだろう。罪を背負ったA級戦犯に負い目を感じつつも、靖国に合祀された以後は参拝が出来なくなったという行動を示さなければならなくなる。

このような、東京裁判をネタ的に理解して行動したと解釈すると、昭和天皇がA級戦犯が合祀された以後に参拝しなくなったのは、日本国を代表する象徴として、まことにふさわしい行動だったと言えるのではないだろうか。それは、サンフランシスコ講和条約の体制にある諸外国に対して、それを守っているのだと言うことを示しているように見えるからだ。

まさに公人としての昭和天皇は、その行動を、個人の心の問題を元にするのではなく、あくまでも日本国の代表として振る舞ったと言えるのではないだろうか。

どの仮定の下に行動した結果として、昭和天皇が不快感を示し、靖国神社へ参拝しなくなったのかは決定は難しいだろうと思う。どこまでも仮言命題として、仮定の話で理解しなければならないかも知れない。しかし、東京裁判をネタ的に理解し、A級戦犯への感謝と負い目を感じつつも、サンフランシスコ講和条約も守るという心情なら、自分も見習うことが出来そうな感じがする。

どの仮定が正しいかは分からない。しかし、どの仮定なら自分も同じように振る舞えるかを考え、その仮定を信じると言うことは、行動を考える上では役に立つのではないだろうか。僕は、昭和天皇は、単純な感情的反応をする人ではなく、様々な世界のつながりを論理的に判断して行動した人ではないかと思いたい。

単に靖国神社を不快な対象だったと昭和天皇が考えていた、というふうに単純に受け取るのではなく、そのように振る舞うことの意味にどれだけ深いものがあるかを論理的に考えたいと思う。政治的な利害の利用になるような解釈には賛成したくないものだと思う。
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by ksyuumei | 2006-07-26 23:49 | 論理


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