論理トレーニング8 逆接の論理  練習問題2(続き)

問3 文章中、下線部の「もちろん」を受ける(テキストなので【】で囲むことにする)「しかし」を適当なところに入れ、譲歩の接続構造を図示せよ。
(1)公務員の政治活動の禁止はおかしな制度である。
  【もちろん】
(2)公務員が国民全体に対する奉仕者であって、特定政党の奉仕者ではないことは言うまでもない。
(3)行政が政党に従属し、特定政党の利益のために働くことが、いかに大きな弊害をもたらすかは、多くの国の歴史が証明している。
(4)行政の中立・公平がいかに大切なものかは強調してもしすぎることはない。
(5)この意味での行政の中立・公平と、公務員個人の政治的信条・政治的活動とは、まったく別問題である。
(6)個人の政治活動が、その公務遂行と関係ないことは常識であろう。


まず、それぞれの主張を簡単にしてみる。

(1)制度に対する批判
(2)公務員の奉仕者性の確認
(3)特定政党への奉仕の誤りの確認
(4)中立・公平の確認
(5)個人の信条と活動の違い
(6)個人の活動は仕事とは無関係



【もちろん】で強調されているのは、上の主張の中では、(2)~(4)までの内容だと考えられる。それは、その内容が常識的に見て正しいと思われるからだ。それに対し(5)では、公務員としての公人の活動と、個人としての活動は区別すべきで、それを一緒にして特定政党への奉仕と見るのは間違いだという、逆方向への論理の展開が見られる。

ここでは、【もちろん】でいったん譲歩した内容に対し、そこからはずれる部分として逆の判断が出来るところの指摘がなされている。これが「しかし」で展開される内容である。従って「しかし」が挿入されるところは、(4)と(5)の間と言うことになる。


問4 文章中2個所、(a)と(b)の「もちろん」を受ける「しかし」を適当なところに入れ、それぞれ譲歩の接続構造を図示せよ。
(1)歴史は常にあとから起こることによって決定されるのです。
  (a)「もちろん」、
(2)自然の順序としては、大過去が過去を、過去が現在を生むのであってその逆ではありません。
(3)これは、歴史的には意味のない抽象論に過ぎないのです。
(4)歴史的に意味があるのは、例えば古典古代史が自ずからヨーロッパ史の第一章になったということではなく、むしろ、
(5)中世史が古典古代史を自分の前史とした、いや必然的に自分の歴史の前提とせざるを得なかったと言うことであります。
(6)それがすなわち、古典古代史はなぜヨーロッパ史の第一章をなしたかと言うことの意味なのであります。
  (b)「もちろん」
(7)一般的にはどんな解説書を見ても、古代から始まって近代に及んでいます。
(8)深く考えませんと、歴史があたかも客観的にそのようにあったかのように考えてしまいます。
(9)実際は、私たちが、今日の眼からそれを逆の方向で再構成しているのです。
(10)中世が古典古代を自分の必然的な前提としたところから、古典古代はヨーロッパ史の第一章になったというわけなのです。


これもそれぞれの主張をまとめてみよう。

(1)歴史の決定
(2)歴史の順序(大過去-過去-現在)
(3)上の考えは意味のない抽象論
(4)歴史的意味の指摘
(5)中世史が古代史を前提とする必然性
(6)古代史の歴史的意味
(7)一般的な歴史の順序
(8)歴史の客観性
(9)歴史は、我々が構成したもの(主観的なもの)
(10)中世の主観が、古典古代の歴史的意味を決定した

この文章は、全体としての論理構造がわかりにくい。それは、全体を代表する主張に納得して賛成する気分がわいてこないからかも知れない。ここでの全体的な主張は、歴史には客観性というものは無いのであって、主観的に意味を付与することによって歴史が生まれる、と主張しているように僕には感じるからだ。

もし、歴史が主観を基礎にして打ち立てられるものなら、それは解釈次第でいくらでも違う歴史を持ってもいいということになる。普遍的に成立する歴史、つまり科学としての歴史というのはないのだという主張にも見えるのだ。歴史をこのように捉える立場も考えられないことはない。「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書などは、この歴史観に近いものがあるのを感じる。

歴史は、単に事実を解釈したものに過ぎない、といわれれば、そう思う人がいても仕方がないとは思うが、僕は歴史にもっと積極的な意味を見つけたいと思う。科学の対象になるような要素が、歴史の中にも見つけられるという気持ちがある。歴史法則というようなものも、条件付きで考えられると思うのだ。

時間的な、過去・現在・未来というパラメーターを考えることが出来る対象に法則性が見つかれば、それは歴史法則と呼べるのではないかと思うのだ。自然科学のほとんどは、時間的には同じことの繰り返しを想定出来るので歴史科学にはならないと思うが、「発達」という観点で過去・現在・未来を考えることが出来る対象は、そこに法則性を見つけることが出来れば歴史科学になるのではないかと思う。

経済が発展する、制度が発展するというものに法則性があるなら、そこに歴史科学を見つけることが出来るような気がするのだが。

このような思いがあるので、この問題の文章を論理的に理解するのに、この先入観が影響を与えてくると思われる。果たして、純粋論理的にこの文章を理解することが出来るだろうか。(a)の「もちろん」の譲歩の構造を考えてみよう。ここで、常識的に正しいと確認しているのは、(2)だけだろうと考えられる。それは(3)で即座に意味がないと否定されているからだ。だから、「しかし」は(2)と(3)の間に入る。

(4)~(6)の範囲においては、どのように意味がないのか、また意味があるのはどの部分なのかということが語られている。ここの部分の主張は、歴史的対象に属性として意味があって、人間がそれを読みとるという、唯物論的な「反映」の関係を主張するのではなく、人間の主観によって意味を付与していくことによって歴史を作り出すのだという主張をしているように感じる。これは、鶏と卵のようなものであって、どちらが先かを考えると決定出来なくなるのではないかと思う。

客観的な対象にも、人間の主観に働きかける何かがあるはずだし、人間の主観が働くことによって、それまでは知られていなかった未知のものが発見されると言うことがあるはずだ。「発見」という事実を、主観が作り出した「歴史」だと定義すれば、そのように見ることも出来るという話ではないかと思う。

(b)の「もちろん」は、一般論としての歴史のあり方を語っていて、次の(8)でもその一般論から導かれる歴史の客観性の存在を、そのように見えるかも知れないと一応認める形で譲歩している。

ところが(9)では、それは客観的に存在する「歴史」ではなく、我々が構成的に作り出した「歴史」なのだと、逆説的に展開されている。だから「しかし」は(8)と(9)の間に入ると言うことになるだろう。

この文章の論理的な理解は以上の通りだと思うのだが、歴史の客観性という点に関して言えば、中世史と古代史というものを分けて、その時間の流れに切れ目を入れたと言うことは、人間が構成的に作り出した、つまり主観の働きだと僕も思う。そういう意味でなら、歴史は、人間が意味を付与するのであるという主張を認めることも出来ると思う。

しかし、それはあくまでも歴史の一面であって、過去は事実として客観的に存在するというとらえ方は、動かしがたいものではないかとも僕は思う。解釈という歴史の一面は、ある意味ではどう解釈されても仕方がない。しかし、事実というのは、解釈ではなく普遍的に客観的に捉えられる対象ではないかという思いも消えない。

決着のつかない議論である「南京大虐殺」の問題にしても、それが「虐殺」であるのかないのか、それが「大」であるのかないのか、というのは解釈の問題であり、それは主観によって違ってくる「歴史」と言えるのかも知れない。

しかし、そこで多くの中国人が「殺された」と言うことは、客観的な事実としては動かしがたいものではないだろうか。それすらも解釈の問題だというのであれば、歴史はどんな妄想も許されると言うことになってしまう。

この問題で主張されていることは、歴史というのは、客観だけを対象にしているのではなく、極めて主観的なものも考察しなければならないと言うことかも知れない。その時に、主観を考察しているのだという自覚がないと、ただ時系列的に、事実として認められていることを羅列することが歴史だと考えてしまいかねないので、それが間違いだと主張しているのかも知れない。歴史の一面を強調しているのであって、それが全面ではないという暗黙の前提があるのかも知れない。そうであるなら、僕もこの主張に一定の譲歩を持って同意すると言うことになるだろう。
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by ksyuumei | 2006-03-11 13:23 | 論理


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