今週のマル激の配信は、元毎日新聞記者の西山太吉氏を迎えて、いわゆる沖縄密約文書の問題を語っていた。これは実にタイムリーな企画だと思った。当時西山さんがつかんだスクープは、国家権力の犯罪を告発するものだった。しかし、国家はこの告発を隠蔽し、問題を他のことにずらして逃げ切ってしまった。なぜこのように断言出来るかというと、
「1972年の沖縄返還の際、返還される米軍施設の原状回復費をめぐり、両国 の合意文書では米側が負担するとなっていながら、実は日本政府が負担するとの 密約が存在していたことが、25年ぶりに公開された米国の公文書によって明ら かになった。」 と、マル激の紹介文では語られているからだ。アメリカは、公文書がすべて公開されるので、このように明らかな証拠が後に出てくることがある。しかし、この当時ではここまで明らかな証拠が手に入ることはない。証拠が手に入らないということで逃げ切られてしまうということが、国家権力の犯罪の場合にはたくさんあるだろう。おそらくそれは、日本の場合には他の近代諸国よりも多いに違いない。 西山さんが語っていたが、この当時も違法性を疑わせる証拠はそれこそ山のようにあふれていたということだ。しかし、一新聞記者には捜査権がない。疑いを提出することが出来ることの精一杯のことだった。あとは、その疑いに従って捜査を開始すれば証拠がつかめたはずだと、西山さんは語っていた。しかし、検察は、国家権力に対しての捜査を始めなかった。国家権力が犯罪を犯していてもそれをさばくことは出来ないのだ。 これは現在の状況に非常によく似ているのではないだろうか。ライブドア社長の堀江氏は、犯罪的な行為でその資産を増やしてきたと疑われて、証拠も固まったということで起訴されている。その堀江氏と親密な関係にあり、昨年の選挙ではその立候補を応援した自民党は、堀江氏の犯罪的な金とどの程度の関係を持っているのかということが疑われている。 堀江氏の疑いが冤罪であり、犯罪とはまったく関係がないと言うことであれば、自民党の親密な関係もいいわけが出来る。だから、自民党としては堀江氏の疑いが事実であるかどうかについて、どう考えているか表明する責任があるだろう。そして、もしそれが犯罪的なものであると考えていれば、関係を持ったというだけで政治的な責任が生じると考えてもいいだろう。 自民党、特に堀江氏と親密な関係を持っていた武部氏には、限りなく黒に近いグレーだという疑いがある。そのグレーを明確にするには、どうしても捜査が必要になるだろう。かつての沖縄密約事件と同じ状況がここにある。そして、沖縄密約事件の時は逃げ切られてしまった。果たして、いまの堀江氏の問題も同じように逃げ切られてしまうのだろうか。 このように、いまの問題とタイムリーに結びついているということもさることながら、沖縄密約事件というのは、これまでの日本の進路に対して実に大きな影響を与えていたという問題も、今回のマル激を聞いて改めて実感した。日本がなぜこれほどまでにアメリカ追従外交の道を歩まなければならなかったか、その発端がこの密約にあると言うことが、マル激の議論を聞くとよく分かる。 この密約は、沖縄返還という大衆的な願いと引き替えにされたものだった。返還は大事なことではあったけれど、それに伴ってアメリカ側の要求を密約という形でのまなければならなくなったことは、その密約を暴露されると困る人間が、日本の中枢にたくさん残ったということによって、日本は実質的にアメリカに支配されてしまったということになると考えられる。 宮台氏は、日本が真っ当な要求をアメリカにしようとすると、これらの秘密がつながっていることを暴露されて、真っ当な人間はすべて失脚するような構造が出来上がってしまったと指摘していた。日本の権力中枢には、アメリカ追従を是とするような人間しか生き残れないようになっているのだ。 しかし、皮肉なことに、アメリカ追従を是とするような人間ばかりが残ったために、日本の外交は思考停止に陥り、当のアメリカにとって日本が外交的には役立たずになってしまった。日本の外交下手というのは、アメリカ以外に外交の相手がいないことに原因しているのだが、外交下手によって、日本はアジアで孤立し、アジアにおいてアメリカの役に立つ行動が出来なくなっている。 宮台氏によれば、最近は、アメリカの方から中国や韓国ともっとうまくつき合えというような要求が出てきているそうだ。それは、アメリカにとって中国が敵対的パートナーではなく、友好的なパートナーに変わって来つつあるからだろうと思う。靖国問題なども、このような外交的な視点から考えなければならないのだが、思考停止状態の日本は、そういうことがまったく出来ない。 国家権力が思考停止になっているだけでなく、それに追従するメディアによって国民も思考停止に陥っている。靖国は心の問題だなどという小泉さんの非論理的な説明がそのまま垂れ流されて、心情的な反発しか考えない思考停止の国民が増えているように見える。実際にはメディアが宣伝しているのでそれが多数派であるように感じているだけかも知れないが、そのようなメディアを見捨てる国民がまだ多くないところを見ると、目覚めた国民はまだ少ないと思われる。大部分はまだ思考停止状態だ。 沖縄密約事件の時も、それを隠蔽しようとする国家権力と、それに追随するメディアと、思考停止状態に陥った国民によって真実というものが明らかにならなかった。マル激の紹介文では次のように綴られている。 「実際、西山事件には、昨今取り沙汰される「国家の罠」の匂いもプンプンする 。裁判の方向性を「政府による詐欺事件」から「女性スキャンダル」に変質させ た最大の要因は、検察による巧みな情報操作だった。当初は言論弾圧事件として メディアは政府と戦う姿勢を見せていたが、公判で検察が西山氏が外務省の女性 職員に「密かに情を通じて秘密文書を持ち出させた」と起訴状に記したため、こ の問題は一気に週刊誌やワイドショーの格好のネタとなり、当初西山氏を擁護し ていたメディア各社も腰が引けてしまったという。」 これも、いまにつながる連想を呼び起こすような指摘だ。本質的な問題である政治責任から眼を逸らすために、メールが嘘か本当かという末梢的な問題をスキャンダル的に追いかけるメディアというのは、この時代とほとんど変わりない。公共性という点ではまったく進歩していなくて、エンタテインメント性の方向だけが進歩し、真実から眼を逸らす技術だけはうまくなった。 沖縄返還というのは、時の首相の佐藤栄作氏がノーベル平和賞を取るためにアメリカがくれたプレゼントだったと言うことだ。この見返りとして、日本にいる米軍の費用をほとんど日本が肩代わりするという密約が出来上がったようだ。それは税金で支出される。 佐藤栄作氏のノーベル平和賞という、個人的な名誉を得るための私益のために、税金という公益が利用されたのだ。宮台氏は、言葉の正確な意味での「売国奴」という言い方をしていた。私益のために公益を売る人間を、宮台氏はこのような言葉で呼んでいる。 日本の政治家が、その中枢にいるのが売国奴で固められるようになったのも、沖縄密約事件の影響が大きいという。それが浄化されなくなったのは、真っ当な人間が失脚する、つまりアメリカにとっては都合が悪い人間として排除されるというシステムが出来上がってしまったことによっている。 政治の中枢ばかりでなく、日本社会のどこでもこのような「売国奴」的な人間が権力の中枢にのし上がるということが多いのではないだろうか。現象的には、どこの社会でも「イエスマン」ばかりがのし上がるという傾向にそれが現れていると、宮台氏は指摘していた。 仮説実験授業研究会の新居信正氏は、徳島の小学校の先生だったが、徳島の教育界ではいかにごますりが出世するかというのを告発していた。佐高信氏も、会社の批判において、ごますり人間だけが出世するという面を批判していた。 トップに近い人間たちの能力にはそれほど差が無いという。国家のアメリカ追従と同じで、会社もどこかに追従するということが基本にあれば、その条件の中で発揮出来る能力などには限界がある。だから、能力で差をつけることが出来ないので、最後の出世で差が出るのは、いかにゴマをするかしかなくなるのだという。「イエスマン」のごますり人間が出世するというシステムは、思考停止状態のシステムには特徴的なものだろう。 沖縄密約事件というのは、そのような思考停止状態のきっかけになった重要なものだ。これをよく知り、研究することは日本にとって大きな利益となるだろう。そして、何とか思考停止状態を脱して、本当に能力のある人間が指導的立場に立てるような社会にしていかないと、日本は悲惨な未来を迎えるのではないだろうか。沖縄密約事件というものをもっと深く知りたいと思うものだ。
by ksyuumei
| 2006-02-26 11:18
| 政治
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