いわゆる「堀江メール」に関して、民主党の前原代表と小泉首相の間で党首討論が行われたらしい。僕はその場面を実際に見ていないのだが、その同じ事実を目にしながらもまったく違う解釈が提出されていると言うことから、「事実」と「解釈」の問題を考えてみたいと思う。そして、マスコミの「解釈」を批判したい。
まずはマスコミの解釈からだが、これは「<党首討論>民主、新証拠示せず メール真偽立証断念か」という記事から拾ってこようと思う。この記事によれば、この党首討論の評価は次のようになるらしい。 「ライブドア前社長・堀江貴文被告から自民党の武部勤幹事長の二男への「送金」メール問題について、民主党が信ぴょう性を立証できるかどうかが焦点だったが、前原氏は「さまざまな情報から資金提供がなされたのではないかと確証を得ている」と指摘するにとどまり、新証拠は示せなかった。これは民主党がメールの信ぴょう性の立証を事実上断念し、資金提供の有無に争点を変更したものと言える。前原氏はこれまでメールについて「信ぴょう性は高い」と述べてきており、今後、前原氏をはじめ民主党執行部に対する批判が高まりそうだ。」 つまり、マスコミの視点は、メールの信憑性が焦点であって、これが立証されない限り議論は一歩も前へ進まないという解釈になる。メールが本物であるかどうかと言うことが本質であると言うことになる。 これに対して瀬戸智子さんは「瀬戸智子の枕草子」というブログの中の「党首討論雑感」というエントリーで次のように語っている。 「「全ての怒れる国民」の関心は、 メールの真偽や出所ではない。 実際に裏金が動いたかどうか、 それだけです。」 願わくば、怒れる国民が圧倒的多数を占め、マスコミの、政府自民党に都合のいい解釈に対して怒りを持ってくれればと思う。僕は、瀬戸さんが語るように、この問題の本質はメールの真偽にあるのではなく、自民党と堀江氏のつながりが実際の所はどうだったのかということを解明することにあるのだと思っている。その一つが瀬戸さんが指摘するように「実際に裏金が動いたかどうか」ということだろう。 マスコミは、メールの信憑性がさも一番大事なことのように報道しているが、この姿勢は自らのこれまでの報道姿勢とまったく矛盾するのではないだろうか。相手が統治権力ではなく、一市民である場合は、まだ裁判が行われていない、容疑者の段階ですでに犯人であるかのように扱い、確かな証拠も提出されていない段階で検察の情報をいくらでも垂れ流すのに、相手が統治権力であった場合は、疑いがあっただけでは一歩も進めないという報道をするのは、権力におもねっているだけではないのか。 これまでの犯人視報道を、僕は肯定するわけではないが、これだけ恥知らずに正反対の報道姿勢を見せることに憤っている。犯人視報道がポピュリズムだと思うのなら、相手が統治権力であってもその原則を貫けと言いたい。そして、むしろ相手が統治権力の場合こそ、疑いがあっただけで追求するという姿勢が正しいのだと言いたい。 だいたい、公認していないとはいえ、去年の選挙では武部幹事長・竹中大臣を始め、自民党が大きなバックアップをして堀江氏を応援していた。世間も、広島での亀井氏に対する刺客として、堀江氏はほとんど自民党の候補だと思っていた。本来は、このことの責任こそがもっと追及されなければならなかったはずだ。 堀江氏とこれだけ深いつながりがあると言うことだけで、そこから生まれてくる疑いを抱くには十分すぎるくらいだ。民主党が、真偽があやふやなメールをきっかけにしたことに戦術的な稚拙さがあろうとも、この疑いはたとえメールが無くとも簡単に浮かんでくるものだし、メールの信憑性が否定されたからといって疑いが無くなるものではない。 このような疑いがあったとき、政治家はその疑いをもたれたことだけで責任が生じるのだと僕は思う。政治家の影響力というのはそれだけ大きいのであるから、普通の一市民が疑いをもたれた場合と一緒くたにすべきではない。普通の一市民の場合は、おもしろおかしく叩くくせに、政治家の場合はまったく追求しないというマスコミの姿勢は、何度も繰り返すがジャーナリズムの堕落以外の何ものでもない。 民主党が要求する「国政調査権」によって、結果的にはいま追求していることの証拠は出てこない可能性はある。しかし、他のもっと重要な事実が明らかになる場合もあるだろう。その時、何か別件逮捕のようで、やり方がずるいのではないかと感じる人もいるかも知れない。しかし、強大な権力に対しては、佐高信さんがよく語るように「フェアプレイは時期尚早」だと思う。統治権力がまったくフェアでないときに、それを追求する方があくまでもフェアに戦っていたら負けてしまうだろう。むしろ、疑いだけで限りなく黒に近いという前提で考えるべきだと思う。 「国政調査権」によって新たな事実が発見出来たら、これは国民にとっての利益だと僕は思う。その意味でも、世論は「国政調査権」を支持する方向で盛り上がってもらいたいと思うものだ。ポピュリストとしての小泉さんは、世論が要求すればそれを無視出来ないだろうと思うからだ。 かつて鎌田慧さんは、『自動車絶望工場』というルポで、トヨタの季節工として実際に働きながら取材をして、その実態を報告した。それは正式の申し込みでなされた取材ではなく、実際に何がどう行われているかという現実を見るために鎌田さんが取った手法だった。もし正式に取材を申し込んで正面から入ったら、トヨタの側が隠したいと思ったところは何も見えなかっただろう。 隠したいと思うところを暴くためにこそ鎌田さんはこのような手法を使ったのだと思う。それがずるいと言うことで、鎌田さんのこのルポは大宅壮一賞だったかを逃した。しかし、自動車業界でのトヨタという強大な権力に対して真実を明らかにしたいと思ったら、フェアに戦っていたら、それは永久に出来ないだろう。鎌田さんの手法だったからこそ本当のことが分かったのである。 瀬戸さんは、「前原さんの方が理がありました」とも書いている。この評価は、僕は実際に見ていなくても信じることが出来る。瀬戸さんに対する信頼感もあるが、小泉さんの非論理性は今までに何度も見てきているので、今回だけ論理的に語るなんてことは信じられない。それに対して、前原さんが非論理的に語ったら、権力の側にいない民主党はおしまいだから、どう考えたって民主党の方に理があって当然だと思う。 しかしそれを覆い隠す報道は出来る。小泉さんのパフォーマンスをおもしろおかしく報道すればいいのである。それを瀬戸さんは、「報道を見ると、まるで前原さんが新しい情報を出せなかったように画面を切り取っていました」と指摘していた。正しい指摘だと思う。事実を切り取ってだまされるというのは、かつての大本営発表の時に経験しているはずなのだが、戦争の記憶というのはまったく教訓になっていないようだ。 三浦つとむさんも、弁証法の説明の際に「真実を知らせて嘘をつく」という対立物の統一の現象の例としてそれを挙げていた。多面性を持っている対象に対して、その一面だけしか知らせなければ、その一面だけしか知らない人たちはその一面を全面だと思って解釈するという間違いが生じる。 日本の戦争が侵略であったという解釈は、それがどこで行われていたかと言うことが本質だと捉えればすぐに結論出来る。しかし、外国の脅威だとか、それまでの権益だとか、末梢的な多くの事実を知っているとそのせいで本質が見えなくなると言うことが起こる。それと同じように、この問題の本質もどこにあるかという視点が狂っていると末梢的な事実に惑わされてしまう。 本質的な問題は、証券取引法違反で起訴されようとしている堀江氏と、堀江氏が選挙に立候補したときにそれを応援した自民党の関係がどうだったのかと言うことだ。その時に不正が行われなかったのか。選挙の応援をしたと言うこと自体に責任はなかったのか。堀江氏が国会議員としてふさわしい人間だという判断をした政治責任はどうなるのか、と言うことこそが本質ではないのだろうか。 これらの行為の正当性への疑惑が、裏金が動いたのではないかという不正の疑惑にも結びついている。本質はそこにあるのであって、メールの信憑性が不正の事実を証明するのではない。それは、不正の告発のきっかけに過ぎないのである。民主党の稚拙さは批判されてしかるべきだが、稚拙さがあるから自民党の疑いはないのだという短絡的な結論は、統治権力に都合がいいだけではなく、これから先、疑いだけでは権力の追求が出来ないという前例を作ることになる。 このような前例は統治権力にとってはまことに都合がいいだろう。そしてそれにすり寄るマスコミも安泰だと思っているだろう。それを切り崩すことが出来るのは世論だけなのだが、果たして怒れる国民はどのくらいいるのだろうか。小泉さんのタレント性で、この件はうやむやにされてしまうのだろうか。
by ksyuumei
| 2006-02-23 09:11
| 政治
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