今週配信された神保哲生・宮台真司両氏のマル激トーク・オン・デマンドの終了部分で、宮台氏が「パターナリズム」というものについて語っていた。宮台氏はこれを「父性的温情主義」という日本語で語っていたが、日本社会に基本的に貫かれている原理としてこれを指摘していた。「パターナリズム」という言葉を聞いたことが初めてだったこともあり、これは新鮮な感じがした。
「パターナリズム」で語られている内容そのものは良く経験するものだし、それを理解することは難しくない。宮台氏が語っていたように、それは「愛」の形の一つであり、相手の主体性をどう考えるかと言うことから行為される「愛」と言うことになる。 普通「愛」と言えば、相手の喜ぶこと・相手が欲することを実現するために努力する行為と結びつく。相手がいやがる行為をするのは、自分勝手な行為であり本物の「愛」ではないと言われる。しかし、「パターナリズム」は表面的には相手がいやがることをするのであるが、それを「愛」だと呼ぶことになる。たとえいまは相手がいやがろうとも、結果的には相手のためになることをするのだ、と言う強い信念に基づいて行動することになる。 宮台氏の言葉では、「死ぬ間際になって理解される」ことを期待して行動するというような感じだった。この押し付けがましい「愛」はいったい正当化されるのだろうかというのが、僕がこの言葉を聞いたときに感じたものだった。僕は、このように押し付けがましい「愛」は一切拒否したいという気持ちがあったからだ。 しかし、「パターナリズム」を調べてみるとこれはそう単純な問題ではないと言うことに気がついた。ウィキペディアによると次のように書かれていた。 「パターナリズム(英:paternalism、家父長主義原理)とは、国家が個人の自由ないし権利に対し、介入ないし侵害することを正当化する原理のひとつである。 この用語が社会的問題として喚起されたのはフリードソンによって、医療現場における、医療者と患者の権力関係をパターナリズムとして告発したことが切欠となっている。 国家がいわば親となり、保護を必要とする国民(特に青少年)を守るべきである旨の思想がその本質である。一般に、自動車運転者に対するシートベルトの装着義務が典型例として挙げられる。 確かに国家が国民を守る旨の思想は正当であるが、一方で、少なくとも心身の成熟した成人に対する過剰な介入は「余計なお節介」である旨の批判も加えられている。国民の自由を広く認めるのか、ある程度国家の介入を許容するのかという、根本的かつ巨視的な観点からの検討が必要である。」 個人的な押し付けがましい愛はほとんどすべて拒否してもいいものだと思われる。しかし、国家権力の「パターナリズム」や、医療現場における専門家の「パターナリズム」は簡単に拒否出来ない条件があることが問題を難しくしている。 これはエリート主義にも通じる考えだと思うが、正しい判断能力を持った人間は、他の人間を指導する立場に立って、正しい方向に引っ張っていくことに正当性があるかどうかという問題に通じていくと思われる。これは難しい問題だ。未来は混沌として分からないから、少しでも正しい見通しを持った人間が指導した方がいいのではないかとも思える。だが、未来はそれが起こってみないと分からないから、正しいか正しくないかはすべて結果が出ないと分からない。結果が出る前に、どうして正しいという判断をすることが出来るだろうか。 かつてマルクス主義では、正しい世界認識をしたプロレタリアートが政治を指導することで、マルクス主義を推進するというプロレタリアート独裁の考えが主流を占めた。三浦つとむさんでさえプロレタリアート独裁が正しいと主張していた。しかし、歴史の結果は、プロレタリアート独裁がすべて失敗だったことを示している。これを、失敗したプロレタリアートは、真の指導性を持ったプロレタリアートではなかったと解釈することも出来るが、僕は、そもそもプロレタリアート独裁という「パターナリズム」が間違えていたのだろうという気がしている。 しかし判断能力が明らかにないと思われる人に対しても、自己決定原則を適用して、他人が干渉してはイケナイというふうにすると困ったことが起こる。法律においても禁治産者の問題などは、禁治産者は自己決定権が無いというふうにしているのではないだろうか。それは保護者に当たる人間の「パターナリズム」を認めているようにも感じる。 「パターナリズム」の問題は、いいか悪いかという二者択一の問題ではなく、さまざまな状況を設定して、その状況ごとの条件に従って正当性があるかどうかを判断しなければならない問題であると感じる。僕は、原則的には個人の自由を拡大すべきと考える人間だから、例外的に「パターナリズム」を正当化出来る場合があると考えている。その例外以外では「パターナリズム」は、個人の主体性を破壊して、不当な支配を認めることになるのではないかと考えている。 「パターナリズム」は医療現場において最初に問題意識が持たれたようだ。患者というのは、病気に対する知識を完全に持つことは出来ない。医師との差は歴然としている。だから、医師の言うままに従うのが当然で、患者自身の判断は時として治療の妨げになる場合もある、と考えられる。しかし、患者がその治療を望んで積極的に従うのと、嫌だけど言われるから仕方がなく従うのでは大きな違いがあるだろう。それが正しい治療であるなら、それを理解して積極的に従う道を選ぶことが正しいのではないかと考えられる。 その理解に対して専門家である医師は努力しなければならない、と言うことが患者の意志に反して「パターナリズム」という押しつけをすることを正当化することになるのではないか。医師は、単に権威をバックにして押しつけをするのではなく、説得することによる信頼をバックにして「パターナリズム」を行使する必要があるのではないだろうか。 「パターナリズム」を正当化する根拠は「信頼」と言うことにあるのではないかと思う。その押しつけを完全には理解出来ないけれど、相手を信頼すればこそ、理解出来ないところでも積極的に受け入れる、と言うことが「パターナリズム」を正当化するのではないだろうか。 「パターナリズム」は、日本社会を理解・判断するのに役立つ概念だと思う。耐震強度の基準にしても、素人はそんなものが分からないだろうから、国家がそれを保証するという「パターナリズム」の基に法制化されている。しかし、この押しつけは、本当に安全の保証になっているだろうか。建築の専門家である多田さんは、そんな保証は出来ないと語っていた。この「パターナリズム」には、「信頼」という基礎がないのだと言うことだ。 そのことを考えれば、この「パターナリズム」は不当な押しつけの愛が含まれているのだと考えるしかない。むしろ、素人でも理解出来るように専門家に説明させて、その上で決定権を素人である購入者にゆだねるという「自由」の概念こそが正当性を担保するだろうと思う。素人は難しいことを考えて、大きな責任を背負わなければならないが、僕はそのような「自由」がある方向をこそ望む。難しいことを考えずにすみ、責任を負わないですむとしても、「自由」がなかったり馬鹿だったりするのはまっぴらだ。 「パターナリズム」は、大きな「信頼」が社会に存在していた時代にはさほど問題にはならなかったと思われる。しかし、「信頼」が崩壊した時代では、うっかり信用して「パターナリズム」を受け入れると、安全性に不安があるマンションを売りつけられるという失敗をすることがある。「パターナリズム」を基礎にしているのなら、その責任は押し付けがましい愛を押しつけた方に取らせなければならない。耐震強度偽装問題においては行政の責任こそがもっとも重いものだと言わなければならないだろう。 現在という時代を「信頼」が崩壊した時代だと考えるなら、「信頼」を確保するための情報公開を進めなければならないと考えなければならないだろう。医療現場ではインフォームド・コンセントと呼ばれる言葉で、患者に対して積極的に情報を提供する方向を取っている。これがすべての専門分野で行われていくことにならなければならないだろう。 僕は「パターナリズム」が嫌いだが、本当に例外的な場面ではそれも仕方がないだろうとは思う。しかし、それが本当に例外的な場面であるかどうかは、慎重に判断したいと思う。社会主義国家がすべて失敗した「パターナリズム」の失敗は繰り返したくないと思うものだ。
by ksyuumei
| 2006-02-21 09:12
| 社会
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