「サイゾー」6月号の宮台氏と宮崎氏の対談に、宮台氏の次の発言がある。
「まず、事実関係としての前後問題がある。以前から国会で問題になっていたんだ。ペシャワール会の中村哲氏が、米国のアフガン攻撃を支援するテロ特措法の衆議院審議に参考人として呼ばれて「日本が米国に追従すれば、現地に入ったNGOの人々の命が危険にさらされる」と発言したし、米国のイラク攻撃を支援するイラク特措法の衆議院審議に呼ばれた放射能研究者の藤田祐幸も同意見を述べている。自衛隊が行く前から現地で活動する人間はたくさんいるわけ。人質になった高遠菜穂子さんも、自衛隊派遣のずっと前から現地で活動してたしね。こうしたNGOの人々の命を危険にさらすのが所属国の軍隊派遣だというのは国際常識で、それを知りつつ「あえて」軍隊派遣した国民的決定の自己責任こそが問われるんだよ。」 ここで語られている「こうしたNGOの人々の命を危険にさらすのが所属国の軍隊派遣だというのは国際常識」だと言うことがよく分かっていない人がたくさんいるのを僕は感じた。人質たちを批判する人の中には、人質たちの危機管理の問題と自衛隊の派遣とは違う問題だから一緒に論ずるべきではないと考える人が多いようだが、これは、論理的つながりのない問題ではないのだ。これがつながっているのが「国際常識」なのだと言うことがよく分かっていない人が多い。 この二つは、確かに文字の上では異なっている。別々に切り離して論ずることが出来るだろう。危機管理として、危ないことが分かっていたのにその対処が足りないなどという批判が出来るのは、これを切り離して考えることが出来る場合だ。しかし、自衛隊の派遣によって、より危険が増して、今まで行っていた活動が出来なくなっているとしたら、その危機管理は、自衛隊派遣をした側にも責任が生ずるというのが「国際的常識」なのだ。 この「国際的常識」が理解できない人間は、自衛隊の派遣が危険の増大に結びついてくるという論理的なつながりが理解できないのだろう。それは、「観念論的妄想」というものがあるせいだと僕は感じている。その具体的な中身は、「自衛隊の人道復興支援」という観念の中にしか存在しない「妄想」が、実際に現地で行われていると思い込んでいるから、自衛隊の派遣によって日本人そのものが恨まれたりするはずがないと思うから、自衛隊の派遣によって危険が増大すると言うことが理解できないのだろう。 「観念」というのは客観的に存在するものではない。脳の働きによって生まれた、実体のない存在だ。その観念が描いた「像(実体ではなく、存在を模倣したようなもの)」と結びつく実体が、実際に現実に存在するのは、観念が現実を正しく反映したときだけなのである。反映ではなく、想像で加工したものは、現実には存在しない。それは「観念論的妄想」になるのである。 たとえば、柳の木に引っかかった洗濯物が羽ばたくのを暗がりでみたときに、現実の正しい反映だったら、観念の中に「洗濯物が揺れているな」という象が生まれる。しかし、これを「お化けがそこにいる」という観念が生まれたら、それは「観念論的妄想」なのだ。「お化け」などという存在はそこにはないからだ。 自衛隊の働きが形としては本当に「人道復興支援」で、米英の占領軍のように軍事的な弾圧でなかったら、「観念論的妄想」にならずに、現地の日本人が危険にさらされないかというと、それもまた難しい。現地の日本人が危険になるかどうかは、イラク人がそれをどう受け取るかと言うことがもっとも重大な問題になる。たとえ実際に「人道復興支援」だったとしても、当のイラク人が「アメリカの占領に加担している」と見ていたら、日本人も敵だと言うことになる。 日本人の頭の中に、「自衛隊は人道復興支援をしている」という観念があっても、それをイラク人が、同じように受け取っていなければ、それは「観念論的妄想」になってしまうのである。そして現地の日本人が危険にさらされることになる。 マスコミの宣伝では、サマワでは自衛隊が歓迎されているというニュースばかりが流れてくる。だから、そのニュースしか見ていない人間は、「観念論的妄想」が生まれてきても仕方がない面もある。しかし、今一度自分の無知を自覚して、他の情報を求めて欲しいと思う。昨日の日記でも紹介したとおり、それはサマワ市民の大いなる勘違いだ。サマワ市民にも「観念論的妄想」がある。だから歓迎しているのだ。立花氏が言うように、その勘違いに気づいたときに現実に直面することになる。 立花氏が、高遠さんの仕事を高く評価していたのは、イラクの人々の本当の声を記録していたからこそそれを評価したのだ。これがジャーナリスト・センスというものだ。政府の立場からの発表をそのまま垂れ流すマスコミ記者の感覚では、そのような評価は出来ない。それでは、月刊「現代」6月号から、立花氏の記事からの孫引きの形で、自衛隊の人道復興支援が、いかに日本人の頭の中にある「観念論的妄想」であるのか、その証拠を見てみよう。 「自衛隊が来て、物資の輸送や水や食糧の供給をすれば、我々の得るはずの仕事がなくなる。この国は貧困で困っているわけでも人手が足りないわけでもないのだ。とても裕福な国だけれど、今する仕事がないのだ。我々は我々の手で立て直すことが出来るのだ。またアメリカの要請でくるべきではない。イラク政府(が出来たら)の要請でくるなら分かる。」(産婦人科外科部長の声) 「日本の自衛隊はくるべきではない。まずこれはアメリカによる罠である。なぜなら、日本人がアーミールックでいるならば米軍と一緒と見なすであろう。物資の輸送や水の供給は日本人がやるべきことではない。我々は自分たちでやるべきなのだ。我々は今仕事が必要なのだ。俺たちの仕事を取るようなことになる。日本人はよい人たちなのに、なぜアメリカの見方をするのだ?」(病院付近の住人) 「イラクで一番の戦闘地域でインタビューをしたとき、こういったイラク人がいました。「日本の自衛隊?シロウトだろ?やめとけ。殺されるのがオチだ。」以前にもここに書き込みましたが、軍服を着た者はみな占領軍と見なすと、彼らは言っています。占領軍とは米英軍です。フセインの残党のような言い方をされていますが、ほとんどはそうではありません。普通の人たちです。派閥を越えて、反米という名の下に団結をしているのです。(それを陰であおる外国人グループがいるのも事実ですが、基本的にアメリカ人の強引なやり方にうんざりしているのです)」(高遠さんの言葉) これらの高遠さんの報告をすぐには信じられない人もいるだろう。批判するのは自由だ。しかし、批判するのなら、その反対の証拠をちゃんと提出しなければならない。高遠さんは、実際にイラクに行って、自分でこれらの声を集めて発信している。だから、それに反対し、批判したいと思うなら、やはり現時の実際の声を集めてくる必要があるのだ。それは自分でやらなくても、誰かがやったものを引用してもいい。しかし、そのような確かな証拠もなしに、上の報告を否定するのなら、それはそのような論理を展開する人間の、論理に対する無知と無教養を語っているだけだ。 イラクの人々は、日本の自衛隊を米英軍と一体化してみている。勘違いしているのは、直接の利益がもたらされるサマワ市民のごく一部だけだ。この観念論的妄想がいかに危険かというのは、アメリカに対するイラク人の見方が次のようなものであることを見れば一目瞭然だ。 「「米軍は解放者」と見るイラク人、7%に急落」 イラク人の多くは、 「米国を解放者と見る国民は半年前の調査で回答者の40%強だったのが、わずか7%。さらに「米軍が今撤退すればより安全になる」と答えた人は4割以上にのぼった。」 と報告されているような状況なのだ。 自衛隊は米英軍と一体化されてイラク人には見られている。米英軍に対する感情が自衛隊にも重ねられている。そして、その感情が日本人自身にも向けられているのだ。だから、自衛隊の派遣が、イラクにいる日本人たちの危険を増大させたのである。だからこそ、いっそうの厳しい危機管理を強いられることが生じてきたのである。それまでの危機管理以上の厳しさを要求する原因を自衛隊の派遣が生み出したのである。危機管理を、自衛隊の派遣と切り離して論じることの詭弁が分かっていただけただろうか。人質たちの危機管理が足りなくなったことの責任は、自衛隊を派遣した政府が負うべき部分があり、その政府を支持した国民が負うべき部分があるのである。 それがどの範囲まで責任を負うのが妥当かというのは議論をしなければならないが、その責任がないと主張することは出来ないのだ。危機管理のすべてを人質たちにかぶせる「自己責任論」は、この意味で、政府の「無責任論」になるのである。
by ksyuumei
| 2004-05-22 10:55
| 唯物論・観念論
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