思想史の学び方

マル激トーク・オン・デマンドの中で、宮台真司氏が思想史の重要性を語っていたことがあった。思想史というのは、分かりやすく言えば哲学の歴史と言うことになるだろうか。宮台氏によれば、現実の物事を判断するときに、これを知っていて、その教養の基礎の上にものを考えるのと、自分の通俗的な観念で恣意的に考えるのとでは、その深さがまったく違うと言うことだった。

哲学というのは、基本的に人間が世界をどう捉えるかというのを考える。その発祥の地である古代ギリシアからの哲学の流れは、人間の世界のとらえ方の進歩の歴史である。そしてそれは、ある意味では個人の人生でも繰り返しその流れと同じものが起こってくる。

古代ギリシアは、素朴に見たままの世界のとらえ方を哲学として語っている。しかし、少し考えが深くなると、その素朴な見え方の裏に隠されたものを考えるようになる。物事の本質は、見かけという現象とは違うのではないかという考えが生まれる。そうすると、最初の素朴な見方が否定されて、ある側面を重視した、ある種の偏見から世界を見るようになる。これは、その側面こそが本質だと判断するのでそういう見方になる。



しかし、それは素朴な見方を否定した偏見でもあるので、これもまたいつかは疑問視されるようになり、今度は、素朴な見方を否定しないような、それを包含した総合的な見方が生まれる。ここに、弁証法で言われる<否定の否定>の過程を持った発展が見られる。このようになったとき、初めて本当の意味での哲学の進歩がもたらされたと言うことになるだろう。

自分自身の哲学を振り返ってみると、高校を卒業するまでは、もっぱら古代ギリシアの段階にとどまっていたようだ。その関心の大部分は、世界の整合性に向いていた。論理という理屈で理解出来る対象こそが僕の世界だった。数学こそが、本当に世界としてリアリティを持っている唯一のものだった。それ以外は、不確定要素が多すぎる理解困難な対象だったので、そういうものは無視して生きるというような感じだっただろうか。

この時代は、数学に対する愛着がもっとも深かったころで、数学的な理解がすすめば僕は幸福感を感じたものだった。その数学は、まだ初歩的で大したものではなかったが、面白さは他のどの時代よりも強かったかも知れない。そして、世界がまだこのように素朴だったころは、他に思い悩むことも生まれなかった。

この世界が広がってくるようになると、哲学はそれなりの進歩を見せなければ、心の安定を含んだいろいろな意味での安定感は失われていく。最初の世界の広がりのきっかけは数学におけるつまづきだった。高校を卒業するまでは、僕が接した数学は、その文章を読めばだいたいが理解出来た。教科書なども読めば分かったので、授業ではノートなども一切取ったことがなかった。教師の説明を確認して、ここはこうなっていたというのを思い出すだけだった。

しかし、大学で専門的な数学を始めると、その概念がまったくつかめなくなってしまった。なぜこのように細かい議論をしなければならないのかが分からず、末梢的なことにこだわっているだけのような感じがした。そこで展開しようとしていた理論の全体像がつかめず、そこでの数学的世界がまったく見通せなくなってしまったのだ。

僕にとっては唯一の幸福のよりどころだった数学的世界が失われたので、このときはたいへんな危機感があった。そんなとき初めて哲学書に触れた。それは通俗的な哲学紹介の本だったが、僕にとっては、世界に対してこれだけいろいろなバラエティな考え方があるのを知ったのは新鮮な驚きだった。

しかし、そのころはまだ幼かったので、哲学史を思想の流れとして読むことは出来なかった。それぞれが並立した考え方の紹介のように感じて、その中で自分が気に入った哲学にのめり込むようになった。進歩の段階をとばして、恣意的な偏見の中に入っていったという感じだろうか。それがある意味では気持ちよかったこともあって、その時代を反映するような実存主義的な哲学に惹かれていくようになる。

これにはもう一つ原因があって、自分の世界が広がってから、人間や社会のことも考えるようになり、初めて本格的な失恋を味わったと言うこともある。さらに、卒業して就職を考える時期になって、社会は必ずしも自分を必要としてはいないという、社会にとっては自分の存在は必然ではなく偶然に過ぎないという思いも生まれてきた。このような思いが重なるとどうしても実存主義的なものに心を惹かれるようになる。

この時代は、数学以外の世界を広げていた時期でもあり、文学を読みあさったころでもあった。特に気に入ったのはドストエフスキーであり、他にも実存主義的傾向の強い、カフカ・サルトル・カミュなどを好んだ。遠藤周作の純文学作品にも実存主義的な匂いを感じて読みふけったのもこのころだ。

実存主義の開祖と言われているキルケゴールの哲学については、『はじめての哲学史』(竹田青嗣・西研・編、有斐閣アルマ)では次のように紹介している。


「キルケゴールの思想には、そうした<時代の気分>が鮮やかに反映されている。彼は、こうした時代の流れを背景に、人間が「生きていること」そのことが帯びる不条理や苦悩から生じる「不安」と「絶望」を徹底的に見据えようとした。たとえどんなに社会や文化が進歩したとしても、「不安」と「絶望」から人間が免れることは出来ない--キルケゴールはそう考える。むしろ人間が生きているそのことから生ずる根本感情としての「不安」と「絶望」を徹底的に味わい尽くすことこそ、人間が生きていくエネルギーの源泉が求められる。おのれの不安や絶望から眼を逸らすために一時しのぎの気晴らしや享楽に逃げ込みがちな享楽的「大衆」としてではなく、絶望と不安をトコトン見つめる「単独者」として、自分が生きる意味そのものを問いつめようとする態度こそ、キルケゴールの生涯貫き通した姿勢だった。」


<時代の気分>というのは、キルケゴールが生きた19世紀末は、戦争や貧富の格差という、社会にとっての闇の部分が見えてきた暗い時代だったようだ。その前が、人間の可能性が大きな発展をしていた希望に満ちた時代だっただけに、よけいにそう感じたらしい。日本における高度経済成長の明るい時代と、そのひずみが表に出てきたその後の時代に通じるような背景だなと思う。

キルケゴールの生き方は尊敬に値するもので、僕にとってはロールモデルになり得た。サルトルなども、「投機」という言葉で、自分を人生の場面に投げ出すと言うことこそが実存主義的な生き方でもあると語っていたように記憶している。「不安」や「絶望」を克服する方向はそこにあると僕も感じたものだった。

人間の人生は不条理に満ちている。どんなに努力をしても、結局は「不安」と「絶望」は免れない。それなら、「努力をあきらめる」という方向が享楽的「大衆」の方向になるが、それだからこそ何かにかけて生きると言うことが、実存主義哲学に忠実な生き方になる。僕は、キルケゴールやサルトルのような偉人ではないけれど、自分にも何かにかけるという生き方が出来るだろうかというのが、幼いながらも僕の実存主義理解だった。

僕は就職の道として教員になることを選んだが、これは特に教師を志望していたとか、子供が好きだったとか言うことが理由ではない。ある意味では、職についても学問が続けられる可能性が高いものとして教師という職業を選んだと言うことだ。教師なら、学問をすると言うことも仕事の中にはいるだろうと思ったのだ。教師という職業を選んだのは、学問を続けるという目的のための手段に過ぎなかった。

しかし、手段に過ぎないものでも、実存主義的な人生をかけるという方向を選び取ることは出来る。僕は、それまでの既成の教師のイメージではない、思い切り理想的な教師を目指そうという大それた思いを抱いて教員になった。僕の理想にあったのは、灰谷健次郎が描くフィクションの世界の先生であり、林竹二先生という、教師としてもっとも尊敬していた先生が目標になった。

この大それた希望はまったく実現しなかった。僕の最初の3年間の仕事は、実存主義的な「絶望」の日々だった。しかもなお悪いことには、だんだんと僕が既成の教師像に慣れてきてしまったことだ。そうした方が仕事が楽に進むことは確かだったからだ。僕は哲学を捨てて享楽的「大衆」として生きることになるのかという、他の意味での「絶望」を感じたりもした。

そんなときに、僕は車いすの子供たちがいる養護学校への転勤をした。ここなら、もう少し理想に近づけるのではないかという淡い期待を抱いて。この目論見はかなり当たっていた。ここで僕は教師として再生出来たと思っている。何よりも良かったのは、ここでは生徒との心の交流が感じられ、お互いが信頼感で結ばれていると思えたことだ。

養護学校で実存的な心の安定感が得られたこともあり、僕の哲学も一つ進歩したように感じる。それは、人生のすべてを、何か実存の証のために、常に緊張感を持って生きる必要はないのではないかという思える余裕が出てきたことだ。実存の証は大切だが、それを常に行っていたら疲れて仕方がない。そのような疲れる人生を無理やり送る必要はない。人生はもっと楽しんでもいいのだという余裕が生まれてきた。

哲学史を学ぶときにいい観点だと思うのは、ある哲学は、そのすぐ前の哲学の否定として生まれてきているという流れに注目することだと思った。その前の哲学は、それが正しいと思えた人々によって徹底されることになるが、それは徹底されればされるほど欠点も際立ってくる。そうなれば、やがては後の人から否定されるような時代が訪れるだろう。

哲学の歴史は、その前の考えをいかに否定してきたかという歴史でもあり、その流れをつかむことは、より深い真理へ到達する道でもあると感じる。面白いことに、すぐ前の哲学を否定したものは、さらに前の哲学が形を変えて、より洗練されてよみがえってきているようにも感じる。ここにも<否定の否定>を見ることが出来る。<否定の否定>こそが本当の進歩だという感じだ。

心の安定を得るのは難しい。最も簡単なのは、考えることすべてををやめてしまうことだろう。そうすれば「不安」の種もなくなる。しかし、これは人間にとっては生きることをやめることに等しい。だから、心の安定というのは、もし得られたとしても常に短期的なものだと覚悟しておいた方がいいだろう。実存主義では、生きている限り心の安定はない、「不安」が人間の本質だと語っていた。

世界は常に変化しているから、それを表現しようとすると必ず矛盾が表現される。その矛盾はどうしても不安を生み、心の安定を崩すだろう。それに対処するには、その矛盾をさらに否定して、永遠の否定活動をして進歩していくしかないのかなと感じる。その方向を正しく探るために思想史を学びたいと思う。それが思想史の学び方としては意義のあることではないかと思う。単に知識としてためるのではなく、思考の技術として学び取りたい。
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by ksyuumei | 2006-01-25 09:35 | 哲学一般


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